WANDSで一番好きなシングル曲「世界が終わるまでは」!

WANDSで一番好きなシングル曲を50代399人にアンケートした結果らしい。50代は、一番WANDSを聴いていた年代だから、この結果は中々言い難い。スラムダンクドラゴンボールを観ていたヒトは「世界が終わるまでは」や「錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう」を選ぶだろうし、CM曲やグループが目指した路線て曲調のミスマッチが好きなら「もっと強く君を抱きしめたなら」「愛を語るより口づけをかわそう」を選ぶ。

ワタシ的には「世界が終わるまでは」など、上杉昇の攻撃的な歌詞が一番好きだった。別に、アニメのスラムダンクは見てなかったが、好きだった。

シングル曲でなくても、中山美穂のバックで歌った「世界中の誰よりきっと」やマニッシュに提供した「声にならないほどに愛しい」など、アルバム内に収録された曲も好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

投票結果(票数)
順位作品名票数
1もっと強く抱きしめたなら76
2世界が終るまでは…62
3Jumpin’Jack Boy46
4愛を語るより口づけをかわそう38
5時の扉27
6Secret Night~It’s My Treat~26
7RAISE INSIGHT20
8YURA YURA15
9恋せよ乙女14
10真っ赤なLip13
11カナリア鳴いた頃に9
12錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう8
13寂しさは秋の色6 
ふりむいて抱きしめて6
15明日もし君が壊れても
Brand New Love5
17抱き寄せ 高まる 君の体温と共に4 
WORST CRIME4
19White Memories3
20Same Side2 
Blind To My Heart2
22「今日、ナニカノハズミデ 生きている」1 
その他7

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【50代が選ぶ】「WANDSのシングル曲」人気ランキング! 第2位は「世界が終るまでは…」、1位は?
3/3(日) 18:55 Yahoo!ニュース
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出典:Amazon.co.jp
 1991年に、上杉昇さん、柴崎浩さんを中心に結成され、シングル「寂しさは秋の色」でデビューした「WANDS」。数多くの大ヒットシングルを生み出し、メンバーチェンジしながら現在も活動を続けているバンドです。

【画像:ランキング22位~1位を見る】

 そこで、ねとらぼ調査隊では、2024年2月12日~2月19日にかけて「あなたの好きな『WANDS』のシングルは?」というアンケートを実施しました。

 本記事では、投票結果から「50代」の結果を抽出して紹介します。WANDSの大活躍を知っている50代から人気を集めたのは、どの楽曲だったのでしょうか?

●第2位:世界が終るまでは…
 第2位は、「世界が終るまでは…」でした。1994年に発売された8枚目のシングルで、テレビアニメ「SLAM DUNK」のエンディングテーマとして大ヒットを記録。ミリオンヒットを達成するなど、WANDSを代表する一曲として歌い継がれており、ヒットメーカー・織田哲郎さんが生み出すキャッチーで美しいメロディーが特徴でサビの開放感が気持ちいい名曲です。

●第1位:もっと強く抱きしめたなら
 第1位に輝いたのは、「もっと強く抱きしめたなら」です。1992年に発売された3枚目のシングルで、CMソングとして使用されるなどして大ヒットを記録。ミリオンセラーを達成し、WANDSの大ブレイクを決定づけた作品となりました。キャッチーで覚えやすいメロディーが魅力的なラブソングで、 ボーカル・上杉さんの透き通る歌声を堪能することができます。
高橋マナブ

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日本マラソン、選手派遣の意味ある?10代育成にシフトすべきだ!

今の日本マラソン選手達、世界記録から6分もブッちぎられている。ソレも伸び盛り選手達の記録ではなく、もう殆どベテラン選手達だ。つまり、レース対応的に2時間0~2分のタイムには全く及びようがないのだ。

今の日本ランナー、日本陸連の設定に基づいて、日本人選手最上位しか狙わなくなっている。レースエントリー時点で、ハナっから勝つ気がないのだ。まるで、ル・マン24時間レースのスタートのように、掛け声だけ優勝狙うと言いながら、スタートかかるとトップからブッちぎられて、そのまま抜くコトすらなくゴールを迎えるだけだ。クラス単独エントリーまで、マツダ以外は勝てなかった。

今の世界のマラソンの流れから、日本陸連の設定タイムの2時間5分50秒自体、ユルユルだと思われるが、ソレすら切れない選手達を外国に派遣する意味があるのか?カネのムダ遣いではないのか?参加するコトだけが意義なのか?

1キロ3分イーブンでも、2時間6分30秒を超す。2時間フラット前後で走り切るには2分51秒イーブン以内が必要になる。イーブンでないなら、2分30秒くらいのペースすら必要なハズ。ソレを練習やレースで切れない選手なら、派遣してはならない気がする。レース歴10回以上のランナーなら、ソレらを基準に切り捨てるべきだろう。

もう、宗兄弟や瀬古や中山や児玉など、世界記録に迫ったり1分以内だった頃とは違う。昔と違って、ペースメーカーすら付いている。日本選手達はペースメーカーにすらついて行けないのだ。

もう、ダメてわかっているベテランにカネを遣うべきではない。今から、中高生から、1時間55分~58分見据えた育成を始めるべきだ。カネの遣い方を変えるべきだ。でないと、パリより先では世界記録より10分近く離されるコトになる。

カネと時間のムダだ!

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東京マラソン】男子のパリ3枠目は大迫傑!2大会連続五輪マラソン代表に 西山雄介、41秒及ばず悔し涙
3/3(日) 11:16 Yahoo!ニュース
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大迫傑
 ◇東京マラソン(2024年3月3日 東京都庁~東京駅前の42・195キロ)

 パリ五輪代表の男子3枠目をかけたマラソングランドチャンピオンシップMGC)ファイナルチャレンジ最終戦として行われた。

【写真】日本記録保持者の鈴木健吾はパリ切符ならず険しい表情

 今大会で日本陸連が定める設定タイム2時間5分50秒以内をマークし、日本人最上位に入ればパリ切符獲得だったが、日本選手は記録を突破できなかった。

 日本勢の先頭集団は10キロ29分44秒、中間点は1時間2分55秒で通過。33キロ過ぎで西山雄介(トヨタ自動車)が日本人トップに立ち、2時間6分31秒(速報値)で9位に入ったが、届かなかった。フィニッシュ後は悔し涙を流した。

 この結果により、昨秋のMGCで3位だった大迫傑(ナイキ)が2大会連続(トラックも含めると3大会連続)の五輪代表に決定。MGC1位の小山直城(ホンダ)、同2位の赤崎暁(九電工)は既に代表に決定していた。

 ベンソン・キプルトケニア)が2時間2分16秒(速報値)で優勝した。

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ニッサンS12⇒S13シルビア

ニッサンS12⇒S13シルビア。

スタイリング的にはリトラクタブルヘッドライトのフロントにハッチバック/クーペのリヤを両方ともシルビア/ガゼールに与えたS12から、国内S13に於いては固定ヘッドライトの2ドアクーペのシルビアとリトラクタブルヘッドライトの3ドアHBの180SXがあった。

エンジン的にはFJ20⇒CA18のS12に対して、CA18⇒SR20のS13。足回り的に4輪ストラットのS12に対して、リヤをマルチリンクにしたS13。

確か、ホンダプレリュードのデザイナーを引き抜いて、リヤのデザインをやらせたのではなかった?しかし、その程度でプレリュードを追い落とせるワケがない。

要因はFRだ!次点はエンジンだ!

ただ、ニッサンは勝因を正しく分析デキてなかった。

ニッサンには、クルマが好き&自分なりの勉強をしているワケではない。大してクルマに対する情熱も興味もなく、バッグや時計のようにデザイン良ければ売れると思っているバカが、地位と言わず事務系/技術系と言わず、どの部署にもいっぱいいる。クルマや家など、デザインが良くても機能ダメなモノにいくら出せると思っているのか、随分なバカがアチコチにいた。イヤ、関東のバカ私大出身者多く、金銭感覚マヒしてバブル期にバカ投資したツケで、90年には数年後の赤字転落と経営難も予見されていた。

ヒトが多いと、質の悪いヒトもいっぱい混じる。バカリストラで残るのは、どの部署にもバカ社員だけ、そりゃあマトモな商品や仕事になるワケがない。

トヨタニッサンも三菱もいすゞも、ホンダに倣ってか、クルマの機能性を鑑みず生産効率や見掛けのコストに取り憑かれ、FF化に踏み切った。

トヨタは1.6リッタークラスに86レビン/トレノを残した。挙げ句、FFユニット流用コスト管理でAW11MR2すら出した。レビン/トレノをFF化した後は全てFFユニットとなり、2リッター未満クラスにSW20MR2を投入した。

ニッサンは2リッター未満クラスにシルビア/ガゼール⇒シルビア/180SXを残した。S13までは成功したが、バブルがハジけたのにS14で3ナンバー化したコトでソッポを向かれた。1代約5年のスパン、S15で5ナンバーに戻しても、5年あれば顧客も家庭状況が変わるし、チャイルドシート法制化のトドメがあり、戻るワケがなかった。トヨタニッサンや三菱やホンダは、マツダの観音開き後部ドアを真剣に検討しなかった。だから、フツ~のクーペではチャイルドシート設置などにムリがあった。

 

 

 

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20代の販売比率が70%!? デートカーの絶対王者プレリュードを撃沈させた日産S13シルビアは逸話がいっぱい!!
3/2(土) 12:00 Yahoo!ニュース
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おとなの週末Web
日産が1988年にデビューさせたS13シルビアは美しいデザインとFRのスポーティな走りにより若者に大人気!!

【画像ギャラリー】今見てもカッコいいし美しい!! 1980年代後半から1990年代前半最強デートカーのS13シルビア

今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バブル崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。連載第5回目に取り上げるのは2ドアクーペモデルとしては空前の大ヒットとなった5代目の日産シルビア(以下型式のほうが認知されているので、S13シルビアとする)だ。

シルビアが激変したのは事件だった!!
S13シルビアは1988年5月にデビュー。1988年と言えば、日産は1月早々に初代シーマ(正式社名はセドリックシーマ/グロリアシーマ)を発売し、シーマ現象を巻き起こすなどイケイケ状態だった。

シルビアは日産のスペシャルティクーペで、S13の前のモデルのS12が大不振。1980年代前半は、格納式のリトラクタブルヘッドライトにしておけば、カッコよく見えてそこそこは売れるというのが定説だったが、S12は蚊帳の外。一躍デートカーの盟主となった2代目ホンダプレリュードにまったく歯が立たなかったが、S12シルビアは日産党がアツ~く語るクルマで、根強いファンは少数ながら存在していた。

2代目プレリュードの登場もあって1980年代以降、ホンダ車はデザインが洗練されていてオシャレというイメージが定着。それに対し日産車は、走りはいいけどデザインが武骨で硬派と言うものだった。

それを覆したのがS13シルビアだった。今見てもエクステリアは、カッコよくて、美しいだけでなく、気品も感じさせる。失礼な話、日産があれほどまで流麗なクーペを登場させるとは想像もしていなかった。若者がS13シルビアに狂喜したのは言うまでもない。

デザインのイメージスケッチも公開されたが、私自身、イメージスケッチよりも実車のほうがカッコいいと思ったのはS13シルビアが初めてだった。

賛否はあるが日産がチャレンジング!!
シルビアは日産が新技術を多数盛り込んだのでも有名だ。

FR(後輪駆動)用の新開発マルチリンクサスペンションもそのひとつで、1990年代までに技術世界一を目指すという日産の『901運動』のもと開発が進められた。そのほか四輪操舵のHICASII(ハイキャスツー)もオプション設定されていた。

エクステリアでは、プロジェクターヘッドラインプの採用も新しさが強調されていた。ただ実際に使うと絶望的なまでに暗くて不評だったが……。

イメージカラーはこれまでの日産にないライムグリーンとグレーのツートンで、女性デザイナーが提案して採用されたことを日産はアピール。イメージカラーは売れないという定説どおりカタログ映えする色だったが売れなかった。

グレードについてもこれまでの泥臭い日産から脱却し、トランプの絵札由来のJ’s、Q’s、K’sとしたのも若者をターゲットにした鞍馬らしさが出ていた。一番人気は中間グレードのQ’sで、廉価版のJ’sはデートカーというキャラクターは見栄が張れないと意味がないからもショボいと敬遠され売れなかった。

あと、CMのBGMで使われていた英ロックバンドのプロコル・ハルムの『青い影』も超カッコよかった。1967年、つまり私が1歳の時に世界的にヒットした曲だったようだが、今でも『青い影』を耳にすると真っ先にS13シルビアを思い出す人も多い。キャッチフレーズの『ART FORCE SILVIA』(アートフォース)も直訳すれば『芸術の力』と大したことは言ってないのだが、デザインが美しいだけに説得力があり、妙にカッコよく耳に響いたのもだ。

プレリュードを撃沈
S13シルビアは当時でも貴重だったFR(後輪駆動)で登場。またまたFR心棒者の話か、と侮るなかれ。

S13シルビアが登場した1988年の状況を見ると、S13シルビア登場の前年の1987年にフルモデルチェンジした3代目プレリュードは当然FF(前輪駆動)だし、トヨタセリカも1985年に登場した4代目でFF化された。さらにひとクラス下のトヨタカローラレビン/トレノも1987年に登場した5代目(AE92)でFFとなってしまったため、手頃なFRクーペはS13シルビアだけだったのだ。

シルビアの直接ライバルは、前に挙げた3代目プレリュード、4代目セリカで、デザインはどのモデルも評価が高く、S13シルビアの流麗さが好きな人もいれば、プレリュードのシャープでスッキリした感じが好きな人もいたし、セリカの龍面形の美しさに心酔した人もいた。しかしFRはS13しかない魅力だった。ここが重要だ。

2代目プレリュードの登場から1990年代初頭までは、長きにわたりデートカーが日本で燦然と輝いていたが、その主役はホンダプレリュードだった。しかし、美しいデートカーとしての魅力に、FRスポーツの魅力を加味したS13シルビアは、"走り屋需要"が加味された結果、王者プレリュードを駆逐する人気モデルとなったのだ。

では実際S13シルビアがどのくらい売れたのかを調べてみてビックリ。前述の不人気だったS12シルビアが約1万7500台(月販平均307台)だったのに対しS13シルビア約31万1000台(月販平均4785台)で、なんと18倍弱!!と飛躍的に販売を伸ばした。

では対ライバルはどうか?S13シルビアが最も売れたのがデビュー翌年で8万1200台(月販平均6767台)の数字と比べてみると、同じ年にプレリュードは4万1659台、セリカは1万1997台と大差をつけている。さらにこの差は年々広がりS13シルビアがデートカーマーケットを席巻したのだ。

それまで、右へ倣えのように女子大生はプレリュード好きを公言していたが、S13シルビアが登場したら掌返し。当時大学生の私も、女性の気移りの恐ろしさを痛感したものだ。

逸話がいっぱいある!!
S13シルビアは日本のクーペモデルとして空前の人気モデルになったが、それとリンクするかのような逸話を簡単に振り返ってみたい。

■新車購入者の70%が20代の若者
これは日産が明言したわけではないが、当時巷で都市伝説のように言われていたこと。クルマの購入平均年齢は50歳くらいということを考えると驚異的な数字で、後にも先にもこんなに若者にウケたクルマはないんじゃないだろうか。

■シルビアからシルビアに買い替え
S13シルビアは1988年にデビューした時は、エンジンは1.8L、直4のNA(過給なし)とターボを搭載していたが、1991年にエンジンを2Lに排気量アップ。すると、1.8Lよりも高性能な2Lエンジンを求めて、初期型のS13シルビアオーナーがこぞって後期型の2Lモデルへの買い替えが殺到した。今ではクルマ買い替えサイクルは新車降雨入後の場合、7年を超えていることを考えるとこれまた驚異的なこと。

スワップが人気
S13シルビアにはコンポーネント(構成部品)を共用する180SXが存在した。シルビアがノッチバッククーペ(トランクが独立したクーペ)で固定ヘッドライトだったのに対し、180SXハッチバッククーペ(リアハッチを持つ)でリトラクタブルヘッドライトだった。

そんな兄弟車の2台を複合させた、いわゆるスワップモデルの人気が高かったのもS13の逸話のひとつ。180SXにシルビアのAピラーより前の外板パーツを装着したシルエイティ、その逆のシルビアに180SXのAピラーより前の外板パーツを装着したワンビアの両タイプが存在したが、人気が高かったのはシルエイティだった。これはデビューから時間が経過し、中古車のタマが増えてから顕著になった。

■S13の下取り車にプレリュード
1980年代から1990年代初頭は新車の買い替えサイクルが早かったが、S13シルビアの新車を購入する際の下取り車にプレリュードが一番多かった、というのもライバルを駆逐した証といえる。

■マイチェン後のリアスポイラーが不評
S13シルビアは前述のとおり、マイナーチェンジでエンジンを換装したが、デザインは好評だったためほとんど手を入れなかった。手を入れたのはアルミホイールのデザインとオプションで設定されていたリアスポイラーくらいだったが、その新型のアスポイラーのデザインが不評で、発売当初は前期型のリアスポイラーの需要が高まったという逸話もある。

これらの逸話は一部だが、S13シルビアはホントに稀有なクルマだったことがよくわかる。S13シルビアを新車で買って乗っていた人、中古で買った人、欲しいと思いながらも買えなかった人などそれぞれだと思うが、懐かしんでくれたはずだ。

【5代目(S13型)シルビアK’s主要諸元】
全長4470×全幅1690×全高1290mm
ホイールベース:2475mm
車重:1120kg
エンジン:1809、直列4気筒DOHCターボ
最高出力:175ps/6400rpm
最大トルク:23.0kgm/4000rpm
価格:188万6000円(5AT)

【豆知識】
S13シルビアとエンジンをはじめとする基本コンポーネントを共有する兄弟車で、S13から1年遅れの1989年5月にデビュー。リトラクタブルヘッドライトのハッチバックスタイルでシルビアと差別化されている。走り屋からはフロントが重く、リアの開口部により剛性が不足していると不評だった。1993年にシルビアはS14型にフルモデルチェンジしたが180SXは継続販売された。S14シルビアが3ナンバーサイズに大型化されて人気を落とす一方、5ナンバーサイズの180SXが人気となったのも懐かしい。

市原信幸
1966年、広島県生まれのかに座。この世代の例にもれず小学生の時に池沢早人師(旧ペンネームは池沢さとし)先生の漫画『サーキットの狼』(『週刊少年ジャンプ』に1975~1979年連載)に端を発するスーパーカーブームを経験。ブームが去った後もクルマ濃度は薄まるどころか増すばかり。大学入学時に上京し、新卒で三推社(現講談社ビーシー)に入社。以後、30年近く『ベストカー』の編集に携わる。

写真/NISSANベストカー
 
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ワインディングにお薦めのスーパースポーツ/レプリカバイク

ワインディングにお薦めのスーパースポーツ/レプリカバイク?一体、何を基準に選ぶ?速さ?楽しさ?立ち上がりレスポンス?ブレーキング?コーナーリング?

ワタシが選ぶなら、20年乗り継いだホンダNSR250一択だ。それも、87・88・89・90までの各型、91~93はマイチェンだし、94以降はレプリカではない、レプリカとしての体を成していない。バカからカネをダマし取る目的だけの、ちょうど本田宗一郎死後に着手しデキた、お茶濁しのモデルチェンジだ。250ccながら、4キロ弱のトルクは上りや立ち上がりに効くし、何よりこのクラスだから、段チに軽い。

今では、当時価格の倍するが、ソレでも居並ぶコレらのバイクより、遥かに維持費安いし、所有感が高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ワインディングにオススメのスーパースポーツ/レプリカタイプのバイク」注目度ランキング! 2位は「YZF-R1/ヤマハ」、1位は?【2024年2月21日時点/ウェビック調べ】
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3/1(金) 19:00配信
 
画像はイメージです(画像:PIXTA
 全国の新車、中古車、試乗車の車両情報など、バイクの総合的な情報が満載の「ウェビックバイク選び」では、さまざまなバイク人気ランキングを公開しています。メーカー、排気量、対象年式、価格帯などの条件で検索可能なため、バイク選びの参考にしている人も多いのではないでしょうか。 【画像:ランキング30位~1位を見る】  今回はそんなウェビック(Webike)協力のもと、「ワインディングにオススメのスーパースポーツ/レプリカタイプのバイク」注目度ランキングを紹介します。なおランキングは、「ウェビックバイク選び」の独自のカテゴリの中で、過去1カ月の閲覧数が高い順に作成されたものです。 ※閲覧数に基づいた「注目度ランキング」のため、おすすめ順ではないことをご了承ください。 (出典:ウェビックバイク選び)
●第2位:YZF-R1/ヤマハ
 第2位は「YZF-R1/ヤマハ」でした。ヤマハがほこるスーパースポーツタイプのモデルとして人気が高く、高出力エンジンを搭載して快適な乗り心地を実現。ライダーとマシンの一体感を高めるデザインとなり、前後左右とわずスムーズに体を動かせるシームレスな造形が魅力です。アンダーカウルの形状など、走行風を計算したデザインはコーナリングでも抜群の安定感をもたらしてくれます。また、走行状況に応じて伸側・圧側減衰力を統合制御する「オーリンズ製電子制御サスペンション」を搭載し挙動もしっかりとサポート。どんな道でも、気持ちの良いドライブを楽しめるマシンとして幅広い世代に人気です。
●第1位:CBR600RR/ホンダ
 第1位は「CBR600RR/ホンダ」でした。サーキットでの運動性能を重視したデザインを採用し、空力性能向上を追求したスタイリングを実現。俊敏なハンドリングを実現したモデルで、コーナーへの進入時や加速旋回で抜群の車体安定感を生み出しています。効果的にダウンフォースを発生させる「ウイングレット」を採用したモデルで、空力まで考えられスピードが出ている状態でも快適なコーナリング性能を発揮します。
二輪児
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大谷翔平グラブ、ホントにカレの発案か?

マトモに考えるアタマあるヒトなら、思うんじゃないの?この右利き用×2、左利き用×1のグラブ寄付が、ホントに大谷翔平の考えなのか?

野球は、守備用グラブとミット合わせて9人分が必要だし、捕手用のレガース&プロテクター、金属バットまではフツ~に必要なコトをわかっているだろう。なのに、たったグラブ3つというショボい寄付をすると思う?どう考えても、大谷翔平の名前を使った、単にそれらしい金額の寄付をすればいいと思ってるヤツの安直な考えなんじゃないの?

フツ~に、小中高大体育の授業で、野球でなくてもソフトボールはやってるんじゃない?小中高大体育って、最低限サッカーとバレーとバスケとソフトボール/野球と卓球とバドミントンやれる施設と道具を、備えていないといけないんじゃなかった?つまり、体育館か運動場を持ってないと、認可されないんじゃない?つまり、教師がソフトボール/野球やってないなら、違反ではないの?代わりに、ハンド(手打ち)ベースやってるかも知れないけど。

だから、元々ソフトボール/野球やってないというのはおかしいのだ。

このショボい内容の寄付問題とは別に、違う問題はある。

 

 

 

 

 

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寄付された「大谷グローブ」が「転売・死蔵」で大騒ぎになったワケ…「規格外の善意」を受け止められない小学校現場と「野球」の相性
3/2(土) 7:43 Yahoo!ニュース
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手紙が転売サイトに出品
 
photo by gettyimages
 不世出の二刀流メジャーリーガー、大谷翔平選手による全国の小学校へのグローブ寄贈発表から3ヵ月余りが過ぎた。昨年末あたりから、各地の教育委員会にグローブが到着した報道がされ始め、大分県別府市では、小学校に届ける前に市役所で展示したことで騒ぎになった。贈られたグローブ(以下「大谷グローブ」とする)に付属していたタグや同封の手紙が転売サイトに出品されるなどの行為も報じられている。

【写真】親たちを悩ませる「PTAガチャ」という大問題

 こうした混乱や騒動は、前代未聞の「規格外の善意」があまりにも眩しすぎて、一部の大人たちが足を踏み外してしまった結果といえるかもしれない。それほどまでに善意の受け止めというのは難しい。

 今回、大谷選手は、日本中の子どもたちに野球を普及させたいという真摯な思いから、関係企業などと相談の上で、私財を投じて全国津々浦々の小学校に3個ずつグローブを配布するという前代未聞の方法を決断したのだろう。プロジェクトを実施する側からすれば効率的かつ効果的な選択であり、実際、全国各地で大きな話題となり、野球の普及に向けたきっかけづくりのプロジェクトとしては大成功を収めたと言って間違いない。

 その一方で、この善意を受け止める立場にある、学校側の対応について批判する声が一部で起きている。

 たとえば、いざ学校に届いた大谷グローブが傷んだり紛失したりするのを学校関係者が恐れて、ほとんど使われずに死蔵されてしまう(在校生にちょっとだけ使わせた後は厳重に保管・展示するだけ)といった学校に、ネット上で異論が上がった。

 あるいは、紛失・盗難・転売防止のために大谷グローブにペンで校名を書き込んだ学校を批判するコメントがネットに投稿され、同調する声が集まっているというニュースもあった。

 今回の寄贈プロジェクトが、野球の普及という観点で「一過性の打ち上げ花火」で終わらないよう、大谷グローブを継続的に役立ててほしいと思っている人は多い。学校への批判は、そういった思いから発せられるのだろう。

 大谷グローブの活用方法を巡り、こうした混乱が起きるのは残念なことだが、小学校という教育現場の現状を考えれば、無理からぬことだと筆者は感じている。

野球と学校教育の「相性」
 
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 その一因として、野球というスポーツ競技と、小学校という場の相性が、必ずしも良いとはいえないことが挙げられる。

 誤解のないように念を押しておくが、今回の大谷選手の「規格外の善意」の示し方に問題があったわけではない。ただただ残念なことは、教育現場の構造的な問題により、学校側が、せっかくの善意を受け止めて、十分活かせる環境・状況になっていないこと、有り体にいえば、現在の小学校の「キャパオーバー」が原因だ。

 今回の寄贈では上で触れたようなさまざまな問題が報じられたが、事情を理解することなしに文句を言うのは筋違いで、学校側を不必要に追い込むだけである。本稿ではそんな不幸な誤解の解消を願って、野球と学校を巡る事情を考えてみたい。

 小学生といえば、日々の生活の中に野球が溶け込んでいる――それが「日本の原風景」だったと思いを馳せる世代の人にとって、小学校と野球の相性がよくないというのは信じられないかもしれないが、冷静に考えてみてほしい。

 そもそも小学校には、中学校とは異なり部活動としての軟式野球部もなければ、体育の授業でソフトボールを行うことすらあまりない。

 小学校の教育課程を規定する学習指導要領にも、ベースボール型ゲーム(またはボール運動)という項目が載ってはいるが、文部科学省が示している解説によると「攻守を規則的に交代し合い,ボール操作とボールを持たないときの動きによって一定の回数内で得点を競い合う」タイプのものをいうとされ、野球という競技そのものには言及していない。

 実際、この項目に対応して小学校で行われるのは、ボールを素手で捕球可能で、ボール以外の用具がほとんど要らないもの(足でボールを蹴るキックベースや、柔らかいゴムボールを使いラケット等で打つ野球に似たゲーム)が想定され、野球そのものではない。

教えられる人がいない
 
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 また、多くの小学校には、キャッチボール程度ならともかく、野球の試合はおろか守備練習(ノック)や打撃練習ができる施設が整っているとは限らない。また、小学校は、野球部がある中学校・高校と異なり、野球の実技を指導(紹介)できる教員がかなり少ないという現実もあるのだ。

 ゆえに通常、現代の小学生が野球に触れる場は、まず親子や友達同士のキャッチボールが入口となり、本格的に野球に取り組むとなれば、地元の硬式・軟式野球のチームに入って行うことになる。

 いずれにせよ、それらは基本的に学校外の活動である(野球チームの練習を学校の校庭で行っている場合も、あくまで場所借りであって、学校の活動ではない)。

 ところが、今回のプロジェクトはそうした現状を飛び越え、日本中のすべての小学校で、小学生たちにわずかでも野球に触れてもらい、興味を持たせるきっかけを作ろう(=野球に触れるハードルを極限まで下げよう)という壮大な試みだったのである。

 「規格外の善意」の眩しさの前で私たちは忘れがちだが、この件は通常なら学校現場では起こり得ないようなたいへん変則的な事案だったのだ。

 実際、通学先の小学校で大谷グローブに触れる機会を得た児童の反応は様々だ。帰宅後に、家族にその体験を話す程度で終わる子もいれば、この体験をきっかけに野球をやることに興味を持つ児童も当然出てくるはずである。

 そうした一部の児童に対し、周囲はどんな環境や機会を提供すればよいのだろうか。届いた大谷グローブを全校児童に一回ずつ触らせた後、厳重に保管するのではなく、ボロボロになるまでずっと児童に使わせてあげられないのかという一見もっともな意見は、野球に親しむ環境や機会の提供について、できる限り学校で面倒をみてほしいという考えに依拠している。

 しかし、学校の置かれた状況を鑑みると、それは現場に過大な期待と負担をかけることになる。

数と公平性の問題
 
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 せいぜいキャッチボールくらい、ではないのだ。平日の休み時間や放課後に、児童が大谷グローブを使って(正確には、大谷グローブでなくても)、校庭でキャッチボールをすることは、帰宅後に近所の空き地に集まった児童が行ったり、土日に小学校の校庭を借りて指導者の監督下で少年野球チームが行ったりするのとは違う。

 グローブの紛失・盗難、暴投による児童の怪我やガラスの破損事故をどのように防止するか、それでも発生してしまったときの教員や学童保育スタッフの管理責任まで、学校や学童保育運営者側が考えなければならないからだ。

 そうなると、ただでさえ忙しく、何かと責任問題になる現代の学校・学童保育の現場では、そうした負担増を避けたい→グローブは使わせないようにしよう、となるのは自然な流れである。

 また、仮にその点がクリアできたとしても、あと1つ問題がある。大谷グローブに触れて、もっと野球をやりたいと思った子どもたちに、学校はどこまで関与すべきなのかという話だ。

 そもそも野球は、様々な子どもの遊びのうちの1つ、あるいはスポーツ分野における習いごとの1つと位置づけることができる。もっとやりたいと思った子どもは、保護者に用具を買ってもらい、保護者や近所の友達と学校外で「野球遊び」を楽しむか、少年野球チームに参加して本格的に始めればいいという考え方もある。

 一部の子どもに学校内で継続的に大谷グローブを使わせることは、様々な公平性を求められる公教育の場で微妙な問題を生みかねないのではないだろうか。

もし「匿名で」グローブが届いたら
 
Photo by gettyimages
 ここで、野暮だということは承知の上で、ひとつの思考実験をしてみたい。今回、仮に大谷選手が自分の名前を完全に伏せ、匿名の篤志家として巨額の私財を投じて全国の小学校にグローブを配りたいと文部科学省や全国の教育委員会に打診していたら、いったいどんな結果になっていただろうか。

 当然、これほどの話題にはならなかったはずで、グローブは見世物にも、取り合いにも、もったいないからと死蔵されることもなかっただろう。しかし、もしかすると全く逆の結果、すなわち教育現場の側から受け取り辞退(事実上の拒否)にあったかもしれないと筆者には思えてならないのだ。

 なぜそう考えるのか。仮に、全校生徒が数百人もいる各地の小学校に、「ぜひ児童たちに使ってほしい」と、3個の「無名の」グローブが届けられる事態を想像してほしい。これまでに説明した状況を考えれば、せっかくグローブが届いても小学校ではカリキュラムの内外を問わず活用のしようがなく(活用方法を考えるのが面倒で)、現場では取扱いに苦慮することは想像に難くない。教育委員会が各校に打診した結果、「活用しようがないので要りません」となりかねないのだ。

 その意味で、今回の寄贈プロジェクトが成功した最大のポイントは、大谷選手が名前を出して行ったことに尽きるのではないか。大きな話題性を帯びることはもちろん、もしかしたら及び腰だったかもしれない日本中の教育委員会や学校現場に「大谷選手の思いを受けて、やらないわけにはいかない」という機運を醸成し、野球に触れる機会づくりの実効性を担保する効果もあったからだ。

 今回、日本中の小学校で、大谷グローブを全校児童にひととおり触れさせ、後は保管・展示するくらいの対応に落ち着いてしまうことについて、残念に思う人たちがいることはわかる。

 しかし、野球と小学校の置かれた状況を考えれば、様々な制約のある中で、多くの小学校は大谷選手の付託に応えつつ、できる限りのことをした「いい塩梅」だったといえるのではないだろうか。

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 筆者連載<親たちを悩ませる「PTAガチャ」という大問題…学校ごとに「PTAの負担」がここまで違う理由>も続けてお読みください。
大原 みはる(行政評論家)
 
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一番好きな機動戦士ガンダムSEED系ED、中島美嘉「FIND THE WAY」!

一番好きな機動戦士ガンダムSEED系のEDのアンケート。

ワタシ的には中島美嘉の「FIND THE WAY」だ。ガンダムSEED、キラのフリーダムがクルーゼのプロビデンスを討ち離れた瞬間、ジェネシスが反射体に向けて発射、ジャスティスがジェネシス本体で自爆して爆散し、アイリーン・カナーバの停戦声明が流れる。

アスランカガリストライクルージュがキラのフリーダムを探し当てたが、いない。停止したフリーダムを脱出し漂うキラをトリイが発見、カガリアスランは再会を喜んだ。

ファーストのア・バオア・クーをガンダムから分離したコアファイターで脱出したアムロが、カツ・レツ・キッカの誘導でホワイトベース脱出挺に辿り着く場面を超えたと思う。

 

 

 

 

 

 

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機動戦士ガンダムSEEDTVシリーズの好きなED曲は? 3曲を紹介
3/2(土) 19:05 Yahoo!ニュース
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出典:Amazon.co.jp
 2024年1月に新作映画「機動戦士ガンダムSEED FREEDOM」が公開され、大きな盛り上がりを見せている「ガンダムSEED」。シリーズでお馴染みのSee -Sawや西川貴教さんらが楽曲を担当したことでも話題となりましたね。

【画像:ランキング12位~1位を見る】

 そこで今回は新作映画公開を記念し、「『ガンダムSEED』のTVシリーズで好きなED曲は?」というテーマで、「機動戦士ガンダムSEED」と「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の中から編集部がピックアップした3曲を紹介します。

●あんなに一緒だったのに
 「ガンダムSEED」のED曲と言われて、「あんなに一緒だったのに」を最初に思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。こちらは石川智晶さんと梶浦由記さんによる音楽ユニット「See-Saw」が手がけた楽曲で、「機動戦士ガンダムSEED」の初代ED曲に使われました。

 「機動戦士ガンダムSEED」は、親友でありながら敵同士になってしまったキラとアスランの関係性を軸に描いた物語。キラとアスランがお互いを思い合う気持ちや、行き場のない深い悲しみが、曲の中で見事に表現されています。

●FIND THE WAY
 「FIND THE WAY」は中島美嘉さんの楽曲で、「機動戦士ガンダムSEED(原作アニメ版)」の最終章で使われました。前に向かって少しずつ進んでいく人に、寄り添うような歌詞が印象的です。

 しんみりとしたメロディと、すべてを包み込むような中島さんの優しい声が、まさに物語の集大成という感じで心に染みますよね。壮大なストーリーが描かれた「機動戦士ガンダムSEED」のラストを飾るにぴったりなED曲です。

●Reason
 「Reason」は「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の初代ED曲。「機動戦士ガンダムSEED」の3代目OP曲「Believe」や4代目OP曲「Realize」などを務めた、玉置成実(たまきなみ)さんが歌唱を担当しています。

 離れ離れの2人を歌った少し悲しい歌詞ですが、曲調には疾走感と激しさがあり、聴いているだけでもテンションが上がりますよね。曲の入り方とサビの入り方がとてもかっこいいところも印象的です。

●「ガンダムSEEDTVシリーズの好きなED曲は?
 ここまでアニメ「機動戦士ガンダムSEEDTVシリーズのED曲の中から3曲を紹介しました。このほかにも、数々の魅力的なED曲が物語を盛り上げました。あなたが好きな曲はどれですか?
兄じゃ
 
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峯岸みなみ、結婚出産でも仕事に繋がらない。

元AKB48峯岸みなみウエンツ瑛士と撮られた大島優子の追い落としには失敗、で、大島優子が許されたならと、GENERATIONS白濱亜嵐と撮られ、今度は自分が裁かれる側になった。ソコで丸坊主になってまで居座り、再起のチャンスを窺った。だが、全く浮揚のチャンスがないまま、嘗て不倫卒業したり不祥事卒業したメンバーですら出ているのに、自分には何の需要もないまんまだった。

結局、何のスキルアップもチャンスもないまま、時間だけを浪費し仕方なく卒業した。そして、ユーチューバーにマタを開き、妊娠して結婚し、妻という立場を得た。

単に、出産しただけだ。別に、何の向上があったワケでもない。事故も消えてはいない。

 

 

 

 

 

 

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峯岸みなみが第1子妊娠を発表 すでに安定期「温かいものを感じながら日々を穏やかに過ごしています」
3/1(金) 22:00 Yahoo!ニュース
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第1子妊娠を発表した峯岸みなみ
 元AKB48のタレント・峯岸みなみ(31)が1日、自身のSNSで第1子の妊娠を発表した。すでに安定期に入っており、2022年に結婚した愛知県岡崎市を拠点に活動する6人組YouTuberグループ「東海オンエア」のてつや(30)も我が子の誕生を心待ちにしている。

【写真】峯岸みなみ、お腹ふっくら ゆったりニット姿の近影

 峯岸は「この度、第1子を授かりました。安定期を迎え、おなかの中で小さな命がぽこっと動く度にこれまでに経験したことのない温かいものを感じながら日々を穏やかに過ごしています」と報告。今後は体調を考慮しながら仕事を続ける予定で「どうか温かく見守っていただけると幸いです」とファンに呼びかけた。
報知新聞社

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