今回の全仏で、史上2度目の6時間越え試合。

今回の全仏1回戦で、史上2度目の6時間超えの試合になった。
元々、全仏自体が長い試合になりがちである。
やや大きめ重めで硬めで弾むボール、やや硬めなアンツーカ、天気的に雨も降り湿気もある環境、ボールが滑って抜けず高くバウンドするため、サーブ&ボレーなんて殆ど見られない。何年に1度はカンカン照りになって、ハードコート張りに早く、表面的に滑るコートになったりする。

長い試合が、楽しいワケでも見応えあるワケでもない。今のテニスは、グランドストローク主体で、ネットプレーは目先を変えるプレーでしかない。R・フェデラーすら、芝コート以外であまりネットプレーは見られない。

昔は、サーブ&ボレーとストローク、サーブ&ボレー同士のネットの取り合い、ストロークストロークなど、色々な試合を見られた。

テニスの過去の試合で、個人的には84年全仏決勝が大好きな試合だ。
決勝はJ・マッケンローvsI・レンドル、ストローカーとしてトップスピンの弾道の高さを操れるレンドルは順当だったが、サーブ&ボレーを多用するマッケンローは適性的に意外で、準決勝ではコナーズも葬り勝ち上がった。
試合はアンツーカコートでもマッケンローのサーブ&ボレーが冴え2セットアップ、3セット目も終盤にマッケンローが先にブレーク、ソコから、レンドルはブレークバックとタイブレークを潜り抜け、3セット連取して初のグランドスラム大会制覇した。

負けはしたが、苦手なハズのアンツーカコートで決勝まで勝ち上がったマッケンローの評価は上がった。84年はウインブルドンもUSオープンも制した。ソコまで、J・マッケンローは最盛期だった。

その年は国別対抗戦デビスカップも勝ち残り、体力的にハードだったのか、後に露見したT・オニールとの交際で散漫になったか、故障というコトでクーヨンでのオーストラリアは棄権した。デビスカップ決勝はスウェーデンと、無敵艦隊同士の対決と言われたが、マッケンローは故障上がり、コナーズは妻の出産で散漫、0-3で勝負が決まった。

アメリカテニスの最盛期の終わりだった年だと思う。サンプラス・クーリエ・アガシでも、ソコまで完璧な年はなかったし。