カウンタックとは?

この時代、エンジンはフルサイズと言っても良いくらいの4リッターV12だった。馬力的にも、排ガス規制前で375馬力。F1でも3リッターV12やフラット12で500馬力くらいだった。

この時点では、空力に縛られるコトも少なく、デザイナーのイメージによる造形だった。ショーモデルのLP500に必要最小限の改善をしたイメージだ。実際は、LP500はミウラ同様のセミモノコックで作られたが、生産型LP400は鋼管フレームに変わっていた。ドア後部上方にはラジエーターインテーク、ドア後部側方にはサイドドラフト用のNASAダクトが設けられた。

元々、ミウラの4リッターV12はダウンドラフトで、SVでは385馬力に達した。しかし、カウンタックではエンジン前方のミッションから後輪車軸のデフに伝達すべく、クランク下にプロペラシャフトを通さなくてはならなかった。そのため、ミウラよりエンジン高が高くなり、後方視界にも支障を来たし、エスパーダらに使用したサイドドラフトのバージョンを使用する破目になった。

当初、ミウラで377馬力で300キロに達する計算が、SVに至る改善での重量増他の影響で385馬力になっても、288キロに留まった。

このカウンタックに直接、ミウラ後期のダウンドラフトのエンジンを積んでいたら、インテークはJ的に屋根上に設けるコトになり、ドア側方のNASAダクトは不要なままだったろう。デザインアクセント的に、メリハリがなくなったかも知れない。

 

 


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【50年後でも仰天】ランボルギーニカウンタック LP400から25thアニバーサリーまで 前編
8/14(土) 19:25 Yahoo!ニュース
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強烈な印象を与えたカウンタック
 
ブラウンのランボルギーニカウンタックLP400とレッドのカウンタックLP400S、ダークブルーのカウンタックLP500S、ブラックのカウンタック 25thアニバーサリー
text:Richard Heseltine(リチャード・ヘーゼルタイン)
photo:Remi Dargegen(レミ・ダルゲゲン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

たとえ運転したことがなくても、ランボルギーニカウンタックはいつも心の中にあった。少し大げさかもしれない。でも1970年代のスーパーカーブームで、若者の部屋に飾られていたであろう1番のポスターは、カウンタックだったのではないだろうか。

【写真】発表50年 ランボルギーニカウンタック アヴェンタドールやシアンも驚きのデザイン (91枚)

鮮烈な登場から10年が過ぎた1980年代後半でも、カウンタックは健在だった。子どもの心にこれほど強烈な印象を与えたモデルは、他にあっただろうか。今でも特定の年齢の大人にとっては、特別なクルマであり続けていると思う。

もし、そんなカウンタックが4台も揃ったら。電気が走って、その場に立ち尽くしてしまいそうだ。

今でも、周囲の空気を大きく変える。2021年に見ても鮮烈。ほぼ同じ形のLP500プロトタイプが、50年前の1971年ジュネーブ・モーターショーに出展されたのだ。会場の反応は、さぞかしスゴイものだっただろう。

自動車雑誌、ロード&トラックはこんな記事を載せている。「カウンタックとは、驚きを表現するトリノの方言。オーマイゴッドや仰天、といった意味ですが、実際にそんな印象を与えます」

「最高速度300km/hは、ドラマチックなこのクルマが備える可能性。もしこのフォルムで生産されないなら、(速度を)達成する機能のためでしょう」

そして、ほぼそのままの形で生産された。ランボルギーニは、5年前にミウラでフェラーリを挑発した時と同じように、公道用モデルを介して中指をマラネッロに突き立てた。

チューブラーフレームに宝石級のV12
 
ランボルギーニカウンタックLP400(1976年/欧州仕様)
カウンタックは、沢山のエアスクープやダクトで走行性能を実現させた。必要なものへの妥協はなかった。しかし、ボディに与えられた穴や膨らみは、別世界からやって来たようなオーラを増幅させることにも役立った。

見た目は、これまでのクルマと一線を画す。だが、内側にも驚嘆の声を上げるような構造を秘めている。

マルチチューブラー・スペースフレーム構造の主要骨格に、さらにチューブラー構造が追加され、アルミニウム製のボディを搭載。ロールケージの機能も果たしていた。

フロント側の構造は、サスペンションのウイッシュボーンとコイルを支持。リア側も同様の構造だが、コイルオーバー・ユニットは片側に2本づつ与えられた。その中央には、オールアルミニウム・クワッドカムのV型12気筒エンジンが収まった。

ジオット・ビッツァリーニが基本設計を施し、ジャンパオロ・ダラーラが磨き込んだ宝石級のエンジンは、主任エンジニアのパオロ・スタンツァーニの采配により、ミウラとは異なり縦向きに搭載。エンジンの前方でトランスミッションにつながっている。

珍しいレイアウトではあったが、そのおかげで燃料タンクとラジエターも、ホイールベース内に搭載が可能だった。エンジンでも特に重い部品となるフライホイールが、クルマの重心位置に近い場所に来るというメリットもあった。

パッケージングは傑作といって良いだろう。基本的なレイアウトは1971年以降の約20年間、ほとんど変更されることはなかった。

純粋なデザインが特別感を強めるLP400
 
ランボルギーニカウンタックLP400(1976年/欧州仕様)
カウンタックLP400の生産が始まったのは1974年。ランボルギーニを創業したフェルッチオ・ランボルギーニは、その時までに株式を手放し経営を退いていた。オイルショックが世界を襲い、イタリアは産業的にも政治的にも、不安要素で溢れていた。

ちなみにLP400とは、ロンジドゥディナーレ・ポステリオーレ 4リトロの略。縦置きミドシップ、4Lの意味がある。

1977年までに、ランボルギーニは150台のLP400を生産している。今回ご登場願った1台は、1976年10月に納車されたカウンタック。マローネ・メタリザートと呼ばれる、落ち着いたメタリック・ブラウンのボディカラーが素晴らしい。

1970年代に快楽主義を象徴したように、現在も自己主張が非常に強い。フォルムは読者の脳裏にあるままだと思う。LP400のボディサイズを、写真ではお伝えしきれないのが残念だ。

恐らく、カウンタックは大きいスーパーカーとして記憶しているはず。しかし実際は、現在のハッチバックと比較できるくらい小ぶりなのだ。全長は4140mmしかない。

それでも、LP400が放つ衝撃力は衰えていない。今回の4台の中で見た目は1番大人しいが、純粋なスタイリングが特別感を強めている。

後期モデルのように、バンパーにはチンスポイラーが付いていないし、オーバーフェンダーやウイングもない。それでも、ジュネーブ・モーターショーで出展された時のインパクトを今に残す。

疑問を抱くほど窮屈な車内
 
ランボルギーニカウンタックLP400(1976年/欧州仕様)
ベルトーネ社のチーフデザイナー、マルチェロ・ガンディーニが描き出した未来的なコンセプトカー、アルファ・ロメオ・カラボ。その要素が浄化され、ランボルギーニに落とし込まれている。

ガンディーニは、自動車として確立されていた一般的な形やイメージに気を留めなかった。トレードマークともいえる、キックバックしたリアのホイールアーチは好例だ。

ボディサイドにはNACAダクトがえぐられている。その影には、ドアを開閉するためのボタンが付いている。ダクトのくぼみは、シザーズドアを持ち上げる時の取っ手にもなった。こんなディテールを観察していると、何杯もワインを飲みながら過ごせる。

実際にLP400の車内に身体を押し込んでみると、少し圧倒される。ボディのスタイリングと機械的なパッケージングとのトレードオフが、明確になる。何しろ車内は窮屈だ。

なぜこうなったのか、疑問を持ってしまう。技術者とスタイリストは、シャシーとボディを結合する前に1度でも相談したのだろうか。

頭上空間は非常に限定的。薄いパッドの入ったシートは、ほとんど位置調整できない。リアのバルクヘッドは、シートの直後。お尻はシザーズドアの開口部より下に収まる。高いサイドシルと幅の広いセンターコンソールの間に、身体をはめる。

フロントのホイールハウスも車内を侵食している。3枚のペダルの間隔は狭く、ほぼ垂直に立てられたステアリングホイールが膝の上に伸びている。

この続きは中編にて。
AUTOCAR JAPAN

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