乃木坂、大薗桃子卒業

乃木坂、大薗桃子と与田祐希、「逃げ水」の時のダブルセンター。鹿児島の大薗と志賀島の与田。今まで、秋田の生駒、群馬の白石、大阪の西野、愛知の堀、ミャンマー(?)の斉藤など、結構中央から東や北寄りに見えたセンター人選が、初めて九州2人だった。

大薗は鹿児島で、高校通うにも原チャリ使ってたり、なかなか壮絶な田舎暮らし、ふんわりした雰囲気なだけでなく、結構バカな感じも笑った。

ただ、最初締まり屋に見えた与田も、志賀島で親は田舎暮らしを取材されたり、ボケ路線まで合わせてしまった。挙げ句、作りクサい巨乳写真集まで出してしまった。

同期のこの過剰な作為的頑張りに、引いてしまったのだろうか?以後は、堀みたいな足掻きも見せず、フェイドアウトしたように見える。

まあ、柏木由紀みたいに、手越祐也と写真出ても厚顔無恥に居続けるヤツもいる。しかし、ムリして頑張らないのは、鹿児島や沖縄の特質か?

今後、鹿児島地元で、レポーターでもやるのだろうか?

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乃木坂46 大園桃子が芸能界を引退 「思い出ファースト」MVに刻まれた“アイドル”としての記憶
9/5(日) 6:05 Yahoo!ニュース
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乃木坂46『逃げ水』(Type A)
 乃木坂46大園桃子が、9月4日をもってグループから卒業、芸能界を引退した。

 8月22日開催の『真夏の全国ツアー2021』に行われた大園の卒業セレモニー。「5年間の活動を終えて、私は乃木坂46になることができました」ーーその言葉を聞いて、大園が乃木坂46として活動していたのは決して当たり前ではない、奇跡のような存在だったことを改めて痛感した。乃木坂46のことをよく知らないまま先輩の勧めでオーディションに応募した大園は、後のそのことを激しく後悔することなる。3期生の加入タイミングは、すでに乃木坂46も大きなグループへと成長しており、その大半のメンバーがアイドルというものに憧れを抱き、合格という2文字を目指してきた。大園を苦しめたのは、メンバーへの罪悪感とふいに聞こえてくる心ない罵声。きっと、卒業という考えは早くからあったのだろう。そんな大園を乃木坂46へと繋ぎ止めていたのは、同期の3期生をはじめとするメンバーだった。

 特に齋藤飛鳥は、先輩メンバーとして常に大園の近くにいる存在だった。2019年に公開されたドキュメンタリー映画『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』で、乃木坂46が「シンクロニシティ」にて2年連続の日本レコード大賞を受賞した際、大園が「なんか……乃木坂46も悪くないなって思った」と飛鳥に話しかけるシーン。その「も悪くない」という言い回しには、それまで大園が活動してきた上での乃木坂46のイメージがリアルに滲んでおり、飛鳥は大園に「乃木坂っていいな」と思わせられなかったことがずっと心残りだったと大粒の涙を零しながらセレモニーの場で打ち明ける。だからこそ大園が笑顔でいること、「乃木坂46になることができました」「乃木坂46が大好きです」と加入からの5年間で変わった自分を受け止められたことは、大園の飾らないひたむきな強さを、そして今の乃木坂46が纏う柔らかな空気感を体現している。

 卒業当日、9月4日には大園がYouTubeチャンネル『乃木坂配信中』にて最後の生配信を行い、そこでサプライズとして3期生楽曲「思い出ファースト」のMVが初公開された。「思い出ファースト」は3期生にとって特に思い入れの強い楽曲だ。今年5月に配信された『乃木坂46 9th YEAR BIRTHDAY LIVE ~3期生ライブ~』の本編ラストを飾った曲であり、3期生のLINEグループ名は「思い出ファースト」なほど。3期生の中でそんな大事な楽曲へと昇華していったのは、一つにその歌詞がある。

〈君と ここにいる奇跡 思い出ファースト/いつか 振り向き 最高の夏だったと〉

 センターを飾るのは乃木坂46にいたことが奇跡のような大園。それは3期生12人が誰一人欠けることなく過ごしてきた5年間をも示している。この夏の終わりに卒業する大園に当て書きしたような歌詞。海沿いに打ち上げられる花火を見上げ、12人が円になってアカペラでこのパートを歌う未来が来るとは誰が予想しただろうか。この5年間で変わったもの、変わらないものはそれぞれ12人にきっとある。けれど、一つ確かなことはこれからも3期生は12人だということ。大園との道はここで違えることになるが、5年間の思い出の記憶が変わらないものとしてずっと12人を繋ぎ止めてくれる。
渡辺彰浩

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