3つゴッチャにすんな!

鋭い判定?3大事件?かいつまんで言うと

土井のホームスチール

大杉のポール際のホームラン

多田野の当ててもない危険球退場

鋭い判定?3大事件?鋭い判定は土井のホームスチールだけ、下2つは単なる審判のミスジャッジじゃん!

土井のホームスチール、審判があの一瞬についてキチンとしたポジションを取って見ていなければ、むしろアウトと言い勝ちで、正しいジャッジのためのファインプレーだった。

逆が、大杉のホームラン判定。あの時の線審、キチンとポール前にポジション取らずに判定したハズ。

多田野の当ててもいない、危険球退場は、原に日本一をもたらすための、主審のミスジャッジプレゼントだった。多田野が全力で投げたストレートが当たっても、当たって起き上がれない威力ないのは子供でもわかるのに、"巨人ウソつ機三兄弟"次男加藤の下等演技にダマされた。栗山監督も多田野の後を準備してなくて、4勝目になったハズ。

巨人ウソつ機三兄弟、脇谷と加藤と小林。

脇谷は、阪神戦、センター前ヒットをウソのダイレクトキャッチ。

小林は、どの試合でもインコースに来たら、ストライクでもボールでもヒジを出す。バカな主審により、ストライクを死球判定されたコトも数件あり、札付。

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巨人の星」でも紹介された“鋭い判定”…日本シリーズで起きた三大事件
11/19(金) 17:00 Yahoo!ニュース
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球審の顎に左ストレート
 
2011年11月1日、日本シリーズ、日ハムvs.巨人戦で起こった“死球騒動”。「当たった」と思い込んで、のけぞるように倒れこんだ巨人・加藤健
 11月20日からプロ野球の日本シリーズが開幕する。日本一を決める頂上決戦とあって、過去にはひとつの判定をめぐって、大騒動に発展したこともあった。昭和40年代から平成にかけて、日本シリーズを舞台に起きた三大事件を紹介したい。

 シリーズ史上初の退場劇が起きたのが、1969年10月30日の巨人vs.阪急第4戦である。0対3と劣勢の巨人は4回、土井正三王貞治の連打で無死一、三塁。このチャンスに4番・長嶋茂雄は2ストライクから宮本幸信の3球目を空振りしたように見えたが、岡田功球審の判定は「ボール!」。捕手の岡村浩二は「振ったじゃないか」とアピールし、西本幸雄監督も激しく抗議したが、判定は変わらない。そして、これが“騒動の伏線”となる。

 長嶋はフルカウントから空振り三振に倒れたが、一塁走者・王がスタート。岡村が二塁に送球するのを見て、三塁から土井も本塁に突っ込む。二塁手がすぐさま返球し、クロスプレーになった。

 土井は岡村のブロックに阻まれ、タッチアウトと思われたが、岡田球審の判定は「セーフ!」。怒った岡村はミットをはめたまま岡田球審の顎に左ストレートを繰り出し、退場を宣告された。「あれは絶対の自信を持ったブロックだった。完全なアウトだった」というのが言い分だった。

ほとんどの者が「誤審」と……
 西本監督も「巨人が見逃せば全部ボールになる。ホームを突けば全部セーフになるのではかなわん。あれがセ・リーグを代表する審判というのですか」と口を極めて非難した。

 これに対し、岡田球審は「岡村捕手はベース真上でブロックしていたが、両足の間が少し空いていた。土井選手の足がそこへ入ったことを確かに見た。長嶋のときは、捕手が立ったので一瞬陰になったが、前後の状況から振ってないと感じた」と説明した。

 だが、土井が岡村に跳ね飛ばされたように見えたことから、テレビ観戦のファンを含むほとんどの者が「誤審」と思い込んだ。ところが、新聞写真には、土井の左足が岡村のタッチをかいくぐって本塁ベースを踏む瞬間がハッキリ写っていた。

 非難の声は一転「鋭い部分を見ていた」の賛辞に変わり、このエピソードは、アニメ「巨人の星」第148話でも、一部設定を変えて紹介されている。

「殿ご乱心? !」の見出し
 左翼ポール際への本塁打判定をめぐり、試合が1時間19分も中断したのが、78年10月22日のヤクルトvs.阪急第7戦だ。3勝3敗で迎えたシリーズ最終戦、1対0とリードのヤクルトは6回1死、4番・大杉勝男が左翼ポール際に大飛球を放った。富沢宏哉線審が右手をグルグル回し、大杉は大喜びでダイヤモンドを1周した。

 ところが直後、阪急・上田利治監督とコーチ陣が「今のは誰が見たってファウルだ」と猛抗議。富沢線審が「ポールの上を越えて、スタンドに入ったから完全にホームランだ」と説明すると、阪急側も「打球はポールの上段を通過したが、先端より下で、ポールは巻いていない。すでにその点でミスジャッジを犯している」と主張して譲らない。

 話し合いはこじれ、上田監督は試合放棄も辞さない覚悟で全選手を引き揚げさせた。その後、「(本塁打の)判定は仕方がない」と譲歩したものの、「それ以前の段階でミスジャッジをしている審判のもとでは、野球はやれない。替えてくれなければ、再開に応じない」と前代未聞の交換条件を出した。

 ついにはネット裏で観戦中の金子鋭コミッショナーまでグラウンドに降り、「(ルール上)審判は替えられない」と説得に当たった。結局、シリーズ史上最長の1時間19分の中断を経て、ようやく試合再開。翌日の朝日新聞は、ファンの存在を無視するかのような長い抗議を「殿ご乱心? !」の見出しで報じている。阪急は0対4で敗れて4年連続日本一を逃し、シーズン中に入院するなど体調が万全でなかった上田監督も翌日、「心身とも疲れた」ことを理由に電撃辞任した。

「ユニホームを着ている間は」
 頭に当たっていないのに危険球が宣告される“死球騒動”が起きたのが、2012年11月1日の日本ハムvs.巨人第5戦だ。5対2とリードの巨人は、4回にも無死一塁のチャンス。次打者・加藤健送りバントの構えを見せたが、多田野数人の初球、内角高め139キロが頭部付近を襲う。

 直後、加藤はのけぞるようにして後方に倒れ込んだ。VTRでは、当たっていないように見えたが、柳田昌夫球審は頭部死球と判定。多田野に危険球退場を宣告した。

 栗山英樹監督が「バントに行ったのだから、(体に当たっても)空振りでストライクでしょ」と抗議したが、柳田球審は「ヘルメットに当たったから、危険球と判断した」と譲らない。当てた覚えのない多田野も「騙すほうも騙すほう。騙されるほうも騙されるほう」と不満をあらわにした。

 だが、加藤は騙そうと演技したのではなかった。過去に2度頭部死球を受けた経験から、ボールが顔面付近をえぐった瞬間、「当たった」と思い込んでしまったのだ。実際に当たっていなくても、ガチで体が反応しているのだから、柳田球審が誤解するのも無理はなかった。

「ユニホームを着ている間は何を言っても言い訳になる」と考えた加藤は、16年に引退するまで真相を口にすることはなかった。

 いずれの事件も、試合はもとより、シリーズの結果にも大きな影響を与えている。もし、当時からリクエスト制が導入されていれば、判定がどうなっていたかも興味深い。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍プロ野球B級ニュース事件簿2020」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮編集部
新潮社

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