こんな稼がせ方すると・・・またワルい仲間が戻って来るョ!

清原和博森昌彦監督による西武黄金時代を牽引した。最初は8番一塁手だったトコから、数多くの名投手らを打ちながら打順を上げ、遂には4番一塁手になった。高1夏甲子園決勝が右への本塁打だったように、山田久志のシンカーらも右にも本塁打した。当時のパ・リーグには、優れた投手達が次から次に現れた。近鉄阿波野や日ハム西崎やロッテ伊良部や阪急/オリ野田や南海/ダイエー加藤や村田など、その持ち味を認めつつ、それを捉えるべく最高の打点位置を探った。

巨人移籍で、いや西武終盤からその謙虚さがなくなった。自分に投手が最高のタマで勝負して来るべきだと。最高のタマ=ストレートだと。

球児は、シュートやフォークを投げたら「オマエ、チンポ◯つんてんのか?」と言われた。薮みたいに、ブツけまくったワケでもなかったのに。大魔神佐々木は、一貫してストレートとフォークを放った。その辺からおかしな取り巻きがデキ、素振りせずに格闘技の練習に日を明かすようになった。せっかく稼いだのに、その取り巻き連中に食い潰された。

カレがまた稼ぐようになったら、そうしたロクでもない連中が杜子春よろしく周りに戻って来るコトだろう。

 

 

 

 

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死球で一番痛かったのはダルビッシュ」 清原和博氏が挙げた“凄かった”5投手は?
3/14(月) 9:01 Yahoo!ニュース
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思い出に残る本塁打は「日本シリーズで松坂投手から打った本塁打
 
福島・白河市内で行われた特別講演会に出席した清原和博氏【写真:小林靖】
 西武、巨人、オリックスで活躍した清原和博氏は13日、福島・白河市内で行われた特別講演会「復活!!その先へ…」に出席。小中学生、保護者・指導者からの質問コーナーで、現役時代に凄かった投手を語る場面があった。

【動画】豪快なスイングは健在! 西武の背番号「3」清原氏とオリ野田氏の真剣勝負

 歴代5位の通算525本塁打を放った清原氏。「凄かった投手は誰ですか?」との問いかけに、ユーモアを交えつつ数多くの名投手の名前を挙げた。

「絶対に打てないと思ったのが大魔神佐々木主浩氏)のフォークですね。ストレートで言えば藤川(球児)投手。圧倒的な迫力、ビックリしたのが高卒新人で入ってきて初対戦した時の松坂(大輔)投手です」

「デッドボールで一番痛かったのが1打席目の初球に食らったダルビッシュ(有)投手。あと一番マウンドででかいと思ったのが野茂(英雄)投手。野茂投手のトルネード投法にはビックリしました。レフトスタンドを向くので、『おい、どっち向いてんねん』って感じで。そこからズバンと投げてくる。本当にビックリしました」

 思い出に残っている本塁打についても熱く語った。「やっぱり(2002年)日本シリーズで松坂投手から打った本塁打ですかね。あの時は怪我をしていて、『この試合で終わってもいい』という状態で。ガチガチにテーピングをして、痛み止め飲んで試合に出てました。まさかあんな本塁打が出るとは。松坂投手から」。

 球界のライバルについても多くの名投手を挙げた。「各チームのエースですよね。大先輩の村田兆治さんや山田久志さんをライバルというのはおこがましい。同年代で言うと、野茂投手や伊良部(秀輝)投手。セ・リーグで言うと、最後の最後は藤川投手でしたね。大魔神はもちろんそうですけど、友達すぎてライバルとは言えないというか」と打ち明けていた。
小谷真弥 / Masaya Kotani

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