ホンダCBR400RR、一瞬RCBに転化した!

ホンダCBR400RR、VFR400Rと並ぶ、ホンダF3の主力戦闘機だった。ソレが、市販NSR250のポテンシャルアップに依り、順当な競争では勝ち目が薄れて来た。

そんな時、ホンダが田口益充にCBR400に似ているが、ビミョ~に異なりピットイン毎にメカニックがPC持って群がるオートバイで現れた。

ホンダRCB400だ。

全日本GP250への伊藤真一のNSR250でのエントリーといい、PGM-FI仕様のテスト的意味合いが強かった。80年代終盤、二輪でも四輪でも、ホンダのレース活動が一番華々しかった頃だ。当然、ファンは市販車両へのフィードバックもされると期待した。具体的には、F1イメージを受け継ぐ四輪、GPイメージを受け継ぐ二輪だ。

しかし、現実には本田宗一郎の引退⇒死亡と時を同じくし、全てが裏切られた。

四輪のNSXや二輪のNSR250Rの期待ハズレに端を発し、次から次にハズレを生んだ。F1は撤退し、全日本はGP500を閉めた。

日本自動車オートバイメーカーとして、人気と市場衰退に大きく貢献した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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【絶版名車解説】ホンダ「CBR400RR」1988年|軽量・コンパクト・ハイパワー! CBR史上初の“RR”
4/26(水) 19:10 Yahoo!ニュース
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最先端の技術と素材で誕生した初めての「RR」
 
Honda CBR400RR 1988年式
1988年に発売されたホンダ「CBR400RR」。クラストップのハイパワーに先進的なアルミフレームを組み合わせた、RRシリーズの嚆矢となったモデルだ。

【写真はこちら】「CBR400RR」の全体

400ccクラスのレーサーレプリカたちはいずれも当時のTT-F3クラスで活躍したワークスレーサーで培った技術をもとに誕生していたが、このCBR400RRは母体となるワークスマシンが存在しない。

同時期にVFR400Rというスーパーマシンがあったにも関わらず、RRが誕生し、発展していったのは、直4レプリカを求める市場の声を無視できなかったこともそうだが、ホンダにとって直4エンジンの存在意義が非常に大きかったからにほかならない。

カムギアトレーンや直打式バルブ、アルミフレーム、アルミスイングアームなど、当時の最先端テクノロジーを惜しみなく投入、贅を尽くして誕生したCBR史上初の「RR」は、VFRや他社のライバルを相手に互角以上の性能を発揮。F3レースでもプライベーターに愛用され、その名を轟かせた。
オートバイ編集部

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