澤田有也佳アナ、結婚してた?ヤバくネ?

ABC澤田有也佳アナウンサー、今の女子アナには極々珍しい国公立大出身、東大出身だ。もちろん、ちょっと前には津田理帆アナもいたのだが。

ABCは特に、東京の私大でキー局通らなかったようなヒトを平身低頭採用して、挙げ句東京のテレ朝で充てれば良いような仕事に出してる。山本モナ赤江珠緒ヒロド歩美はその路線でフリーになり、福戸あやもその志向だろう。

澤田アナ、気象予報士の資格も取ったと聞いてたし、まさか女子アナ辞めて、そっち方面に行くのかと思ったら、単なる結婚だけで良かった。ただ、あれだけ頻繁に休んでたの、結婚イベントのゴタゴタが色々作用していたんじゃないの?同局同僚って、東大京大でもないんでしょ?妻より賢くない夫って、どうなの?妻側のストレスが増すんじゃない?

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ABCの澤田有也佳アナウンサーが結婚発表 「おはよう朝日です」で報告!お相手は同局の同僚
3/5(火) 7:59 Yahoo!ニュース
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ABC・澤田有也佳アナウンサー
 ABCテレビの澤田有也佳アナウンサー(30)は5日、アシスタントを務める同局の情報番組「おはよう朝日です」(月~金曜前5・00)の番組内で自身の結婚を発表した。お相手は同局の同僚。

【写真】初々しい!新人時代の澤田有也佳アナ。笑顔で同期アナとポーズ

 共演のMC・岩本計介アナウンサー(48)や、野球解説者の福留孝介氏(46)氏らからイジられ、澤田アナは顔を真っ赤にしていた。

 澤田アナは22年10月以降、「顎口腔(がくこうくう)ジストニア」治療のため、担当番組を休演。23年4月に復帰した。他にはABCラジオ「ミルクボーイの火曜日やないか!」(火曜正午)でパーソナリティを務めている。

 ◇澤田 有也佳(さわだ・あやか)1994年1月24日、兵庫県西宮市生まれの30歳。東大教育学部から16年4月に朝日放送へ入社。趣味は絵画、アイドル、ダンス。

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1/144HGデストロイに14,300円?バカか!

機動戦士ガンダムSEED放送していた頃、1/144ミーティアが6,000円だったハズ。ソレをワタシは、フリーダム用とジャスティス用に1機ずつ、計2機買った。正式発売日の3日前、35%引で買えたから、2機でも1万円超さずに済んだ。ミーティアは、ヤキンドゥーエ攻防戦だけの登場だったから、発売自体はSEED放送終了後だったハズ。

デストロイは、SEEDdestinyの第3クールではなかった?確か、映画SEEDフリーダムでも出て来たように思うが、ステラがユーラシアで暴れた時のインパクトはSEEDdestinyの時ですら薄れる一方!スティング以降の機体はもはやタダのデカいやられ役、インパルスのルナマリアとレジェンドのレイとデスティニーのシンに軽くヒネられ、ザムザザー同様魅力が薄く、モデル化を見送られたのではなかった?

こんなモデルに、14,300円出してコレクションする価値ある?あの放送当時ならまだしも、今となっては昔の3倍近くに高額化しているHG系を集めるのすら疑問なのに、超巨大やられ役に大枚叩く意味を感じない。

ファーストでさえ、1/144のビグザムジオングと言わず、ビグロやアッザムザクレロやブラウブロやエルメスらはモデル化されなかったハズ。

SEED系なら、ゾノやザムザザーゲルズゲーやグーンやアッシュやジオグーンダガー系らもモデル化されてないハズ。

ロクにタイムリーな商品展開もしなかったクセに、今頃になってバカ高値付で出すって、バカの上塗りじゃん!

 

 

 

 

 

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ガンプラ「HG 1/144 デストロイガンダム」のパッケージイラスト公開! 3月9日発売予定
3/4(月) 18:41 Yahoo!ニュース
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写真:HOBBY Watch
 BANDAI SPIRITSは3月4日、プラモデル「HG 1/144 デストロイガンダム」のパッケージイラストを公開した。商品は3月9日発売予定で、価格は14,300円。

【この記事に関する別の画像を見る】

 本商品は、アニメ「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」に登場する「デストロイガンダム」を同社の「HG」シリーズにて立体化したもの。今回パッケージイラストが公開され、禍々しいデストロイガンダムをダイナミックに描いた絵がお披露目となった。さらに、新たな商品画像も公開され、全高約390mmというビッグサイズの模様を見ることができる。

(C)創通・サンライズ
HOBBY Watch,畠中健太

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見るのをやめた冬ドラマ、見続けたくない理由じゃない?

【途中で見るのをやめた冬ドラマ】を、年代性別なく300人にアンケートしたらしい。

全順位とあるが、コレは冬クールの全ドラマではないし、票が入った全ドラマというコトか?案の定、300人のハズなのに、この10位の票数足しても225票にしかならない。つまり、75票ない。10位より下に、75票あるハズだ。つまり、このランキング表は全順位ではない。ウソ標記に等しい。

ただ、ココに並ぶドラマ、時間帯や曜日にも偏りあるように見えるから、票が入ったとは、仕事から帰宅して1・2度見てやめたという意味だろう。

もっとつまらなそうなドラマは票すら入らないか、11位未満だったのだろう。

このランキング標記作成者に係る面の解釈はコレまでとして、このベスト10について、「さよならマエストロ」や「相棒」、そんなにつまらなくはない。よほど、300人の1割近くが解釈力や関心度ないヒトか、日曜夜や水曜夜にムリして見なくなった程度だろう。推理や音楽に、アタマや関心を働かせてまで見続けたくないヒトもいるのだ。単に、永野芽衣山田裕貴の吸った揉んだだけで良いヒトも多いのだ。

おっさんずラブ」の時間帯は、寝ちゃうのでは?曜日や時間帯の問題で、見続けたくなくなるレベルのモノだろう。

 

【冬ドラマの中で、「視聴するのを途中で辞めた」作品は?】(複数回答可)

1位:『おっさんすラブーリターンズー』10.7%=32
2位:『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』 10.3%=31
3位:『相棒 season22』9.7%=29
3位:『不適切にもほどがある!』
3位:『リビングの松永さん』
6位:『大奥』6.7%=20
7位:『正直不動産2』5.7%=17
8位:『新空港占拠』5.3%=16
9位:『Eye love You』4%=13
10位:『マルスーゼロの革命ー』3%=9

 

【調査方法】

『WEB女性自身』調べ
実施期間:2024年2月27~28日(クロス・マーケティングのセルフアンケートツール『QiQUMO』)
調査対象:年齢不問の男女300人

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【途中で見るのをやめた冬ドラマランキング】2位の『さよならマエストロ』をおさえたダントツ1位の作品は?
3/4(月) 15:50 Yahoo!ニュース
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今期は多様性の時代に合ったバラエティ豊かな作品が目白押しで、「最終回まで見たい!」と思えるドラマも多いいっぽうで、視聴者をがっかりさせてしまった作品もあるようだ。

【全順位あり】冬ドラマの中で、「視聴するのを途中で辞めた」作品は?

そこで本誌は、「途中で見るのをやめた冬ドラマ」について、アンケートを行った(~2月28日)。

第3位に選ばれてしまったのは、同率で3つ。

『不適切にもほどがある!』(TBS系)、『相棒season22』(テレビ朝日系)、そして『リビングの松永さん』(フジテレビ系)の3作品だ。

『不適切にもほどがある!』は宮藤官九郎のオリジナル脚本で、阿部サダヲ(53)演じる昭和の体育教師が令和の時代にタイムスリップしてしまい、昭和と令和の差に苦しみながらも奮闘する姿を描いている。

多様性が重視される令和に、昭和のオジサンを深堀りした今作。《昭和生まれではないため、話に入り込めなかった》(10代/学生)《ストーリーが過激すぎた》(10代/学生)と、時代のギャップについていけなくなってしまった10代の視聴者が目立った。また、《ミュージカルがストーリーに合わない》(60代/専業主婦)と、恒例のミュージカル演出を疑問に思う意見も。

『相棒season22』は2023年秋に引き続き「見るのをやめたドラマ」に選ばれてしまった。

ロングセラー作品だからこそ、《ストーリーがマンネリ化してきて、飽きてしまった》(30代/会社勤務)と、退屈に感じている人が多いようだ。また、《過去シーズンに比べて話が薄く、相棒らしくなかった》(30代/パート・アルバイト)と、過去シリーズと比較してしまう視聴者もいた。

『リビングの松永さん』は、中島健人(29)演じる堅物の松永さんと高橋ひかる(22)演じる女子高生がシェアハウスで同居することになるというストーリー。

恋愛をテーマにしたドラマは多いためか、《ありきたりな展開だった》(30代/会社勤務)と感じる視聴者が。また、《松永さんがいつも怒っているような感じがした》(20代/無職)《中島健人は純粋な男前役が似合う》(30代/パート・アルバイト)など、キャスティングに違和感を抱く視聴者が続出する結果となってしまった。

続く第2位は『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』(TBS系)。

西島秀俊演じる夏目俊平は、天才マエストロ(指揮者)でありながら、音楽以外の才能はからっきし。ある事件をきっかけに父・俊平と決別することを決めた芦田愛菜(19)演じる娘・響が父と正面から向き合っていくことで人生が少しずつ動いていく、というストーリーだ。

ギクシャクしている関係から始まったストーリーのためか、《あまり笑える内容ではなかった》(10代/学生)《響の不機嫌そうな顔が見ていて辛かった》(30代/派遣社員契約社員)など、重たい内容の物語に抵抗を感じる視聴者が。

そして1位となってしまったのは『おっさんずラブーリターンズー』(テレビ朝日系)。

空前のBLブームを巻き起こした『おっさんずラブ』から5年、待望の続編だが、《前作から見ているが、内容に飽きてしまった》(20代/専業主婦・主夫)《物語に入り込めなかった》(20代/会社勤務) 《ストーリーについていけなくなった》(50代/専業主婦・主夫)と、単純に飽きてしまったという声が多かった。

今年も視聴者が関心を集めている冬ドラマ。いったいどの作品が最後まで視聴者を繋ぎとめられるのか――。
 
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ガンダムSEED系で一番好きなOP曲、西川貴教のイグナイテッド!

機動戦士ガンダムSEED系で一番好きなOP曲をアンケート?

SEEDとSEEDdestiny、インヴォーク/イグナイテッドと、どちらも第1クールのOPは、浅倉大介作の西川貴教だった。確か、平井サンだったと思うけど、SEED終了後に続編を作る話が出た時に、まず第1クールOPを西川貴教にという話になったと、言っていたハズ。浅倉大介作の曲に西川貴教の歌は、素晴らしいインパクトがあった。

今回の映画SEEDフリーダムでは、西川貴教の歌ではあったが、小室哲哉作の曲だった。昔の小室哲哉ならいざ知らず、例の著作権詐欺裁判後の小室哲哉には作曲MIXベースが全く増えなくなっている。一応、エイベックス松浦や秋元康らがAAAや乃木坂らの曲を依頼したが、既存曲の焼き直しでしかなかった。案の定、西川貴教の歌唱が全く活きていなかった。宇都宮隆に作った曲?とすら思った。

インヴォークは、SEEDの序章として素晴らしい曲だと思ったが、ソレ以上にイグナイテッドは単なるdestinyの序章というだけでなく、新たな始まりを実感させるインパクトがあったと思う。西川貴教が声優務めたハイネ搭乗モビルスーツ=グフイグナイテッドとこの曲名、どちらが先かわからないが、リンクも感じた。

ソレに次ぐ曲を挙げるなら、SEEDの第3クールに続いて第4クールも歌った、玉置成実リアライズだろう。2人の主人公、キラとアスランがヒロインたるラクスと同じ艦エターナルに乗り、ナチュラルとコーディネーター共存の道を探るべき船出のファンファーレたる曲だと思った。

~辿り着く場所さえもわからない。届くと信じて、今、この身を走らせるョ!~

個人的に、ジ~ンと来る始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

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ガンダムSEEDTVシリーズの好きなOP曲は? 3曲を紹介!
3/3(日) 20:10 Yahoo!ニュース
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出典:Amazon.co.jp
 完全新作となる劇場版が約20年ぶりに公開され、注目を集めている「ガンダムSEED」。映画の公開をきっかけに、TVシリーズを見返している人も多いのではないでしょうか。

【画像:ランキング9位~1位を見る】

 「ガンダムSEED」といえばストーリーやキャラクターの良さに加え、OP曲のかっこよさも魅力ですよね。あなたが特に好きな曲はなんですか? ここでは3曲を紹介します。

INVOKE -インヴォーク-
 「INVOKE -インヴォーク-」は、「機動戦士ガンダムSEED」の初代OP。T.M.Revolutionによる楽曲です。ボーカルの西川貴教さんはその後もたびたびSEEDの曲を手がけており、さらには新作映画の主題歌も担当しているため、「ガンダムSEEDといえば西川貴教さん」の印象が強い人は多いはずです。

 本曲は、ゆったりとした始まりからサビに向かってどんどんとテンポを上げていく曲調になっており、イントロを聴くだけでもテンションが上がりますよね。ガンダム同士のスピード感あふれる戦闘をイメージさせるような、疾走感がたまりません。

●Realize
 「Realize」は、「機動戦士ガンダムSEED」の物語終盤から最終話まで使われた4代目OP曲。歌唱を担当した玉置成実(たまき なみ)さんは3代目OP曲の「Believe」も担当しており、2クール連続でSEEDのOP曲を務めることとなりました。

 全体的に明るく前向きな曲調ながらも、どこか切ない雰囲気も感じられるのが「Realize」の魅力ですよね。これまでの物語の集大成という言葉がよく合う、最終章にぴったりなOP曲です。

●僕たちの行方
 「僕たちの行方」は高橋瞳さんの曲で、「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の第3期で使われました。当時16歳だった高橋瞳さんのデビュー曲であり、初登場でいきなりオリコンチャート1位を獲得した曲としても知られています。

 「僕たちは」という言葉から始まる、力強い歌詞がとてもかっこいい曲ですよね。この「僕たち」とはシンやアスカ、キラをはじめとする登場人物たち全員を表していると考えられ、苦しみながらも前に進んでいく強いエネルギーを歌詞の中から感じられます。

●「ガンダムSEEDTVシリーズの好きなOP曲は?
 ここまでアニメ「機動戦士ガンダムSEEDTVシリーズのOP曲の中から3曲を紹介しました。このほかにも、数々の魅力的なOP曲が物語を盛り上げました。
兄じゃ
  
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ペースメーカーにブッちぎられる日本ランナー!

元々、瀬古利彦のMGCに対する設定が大甘過ぎたのだ。ハッキリ言って、こんなユルユルな設定でスポンサーからのカネを遣うなんて、国会議員や官僚、国際イベント主催者、企業経営者に次ぐムダ遣いじゃないの?

大迫傑に、"単なる日本記録更新"だけで1億×2回も渡した。当時ですら、世界記録より3分以上離されていたハズ。

今回の東京のレース、ペースメーカーにすらブッちぎられていたハズ。挙げ句に世界記録に6分近く離される日本記録なんて、もはや、大会の招待選手にする価値すら疑う。もう、宗兄弟や瀬古や児玉や中山の頃とは違うのだ。

いっそ、マラソンは一般有料参加だけにしたら?

大迫なんか、参加するなら、ゼロ1つ多く請求したら良いのだ。

 

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大迫傑がパリ五輪代表に内定も…瀬古リーダー「出ないっていうかも。できれば出てほしい」
3/3(日) 22:59 Yahoo!ニュース
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会見する日本陸上競技連盟瀬古利彦・ロードランニングコミッションリーダー=3日午後、東京都千代田区(関勝行撮影)
東京マラソン(3日、東京都庁前-東京駅前=42・195キロ)今夏のパリ五輪男子マラソン代表選考会(MGCファイナルチャレンジ)の最終戦は、西山雄介(29)=トヨタ自動車=が2時間6分31秒で日本人トップの9位。日本陸連の設定タイム2時間5分50秒を突破する選手が出なかったため、昨秋のMGCで3位の大迫傑(32)=ナイキ=が代表に内定した。

【写真】MGCで力走する3位の大迫傑

2021年東京五輪6位入賞で昨年10月のMGC3位の大迫が2大会連続のマラソン五輪代表に内定した。これで男子代表は小山直城(ホンダ)、赤崎暁(九電工)、大迫の3人となった。

東京五輪後に一時引退していた32歳だが、22年2月に現役復帰を表明。「ファイナルチャレンジ」の3戦で、2時間5分50秒の設定タイムを突破する選手が出なかったため、最後の1枠をつかんだ。

今年1月には自身のSNSでファイナルチャレンジ最終戦の東京には出ず、4月のボストン出場を発表。「もちろん五輪は大事なレースだけど、みんなが思っているほどにこだわらなくていい」と語っている。

早大の先輩で、日本陸連瀬古利彦・ロードランニングコミッション・リーダーはレース後の会見で、「(大迫は)どう考えているかわからないので、出ないっていうかもしれない。できれば出てほしい。五輪経験者は彼しかいないので、マラソンメンバーを引っ張ってもらいたい」と期待を寄せた。

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卒業ソングと言えば、菊池桃子「卒業」!

卒業ソングと言えば、君が代と合わせて「仰げば尊し」や、「蛍の光」など、先生から歌わされる曲など挙げたくもない。「旅立ちの日に」も、先生達が作った曲のハズ。レミオロメン「3月9日」やEXILE「道」辺りが若年者の印象だろう。

ワタシ的には、菊池桃子「卒業」を挙げたい!

ワタシの高校生の頃、菊池桃子斉藤由貴尾崎豊が相次いで「卒業」を出した。1浪中がおニャン子クラブ(ボーカル中島美春)「じゃあね」や河合その子「青いスタシオン」がおニャン子卒業第1号として卒業曲になった。当時の福岡は、そんなにカラオケもなく、アカペラで歌ってた。卒業と銘打ってはいないがH2O「想い出がいっぱい」は、あだち充「みゆき」の主題歌OP「10%の雨予報」のB面EDだった。

菊池桃子「卒業」で、~4月が過ぎて都会へと旅立って行くあのヒトの、ステキな生き方頷いたワタシ~という歌詞、ワタシの受験は福岡の国立大を2回、東京の私大や神奈川の横浜国大すら受験させてもらえなかったワタシにとって、高校当時は羨ましかった。

大学卒業して、初めて達成デキたが。

卒業って、小中高大、常に同級生との別れが殆ど、同じ進路の同級生はあまりいなかった。

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卒業ソングといえば何ですか? 年代別ランキング、1位は
3/3(日) 14:28 Yahoo!ニュース
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思い出の卒業ソングはありますか?(イラストはイメージ)=ゲッティ
 旅立ちの時、あなたはどんな歌を思い出しますか――。

 楽天グループは「年代別 思い出の卒業ソングランキング2024」を発表しました。10~30代で1位に輝いたのは「旅立ちの日に」、40代以上ではあの定番の歌が挙がりました。

【卒業ソングランキング】1~10位は?定番曲も

 楽天グループが1月、オンライン書店楽天ブックス」の利用者を対象にアンケートを実施し、5870人から回答を得ました。

 10、20、30代の1位となったのは「旅立ちの日に」。埼玉県秩父市立影森中の校長と音楽教諭が作った歌です。

 1991年3月の「3年生を送る会」で教職員が合唱してお披露目しました。<白い光の中に 山なみは萌(も)えて 遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ>と穏やかに始まるメロディーは、周辺校に広まりました。

 2000年代に雑誌やテレビ番組に取り上げられると、全国の学校で歌われるように。アンケートの自由回答で、「中学校の卒業式で歌い、皆が涙していました。クラスメイトの仲の良さが出ていて、楽しかった思い出があります」(20代)との声が寄せられました。

 10、20代の2位以下は、レミオロメン「3月9日」、ゆず「栄光の架橋」、いきものがかり「YELL」、アンジェラ・アキさん「手紙~拝啓 十五の君へ~」など、00年代に流行した歌が続きました。

 中高年の思い出の歌は、がらっと変わります。40代1位、50代2位は「仰げば尊し」。明治時代の唱歌集に収録され、長らく卒業式の定番でした。<身をたて 名をあげ>という歌詞が「競争を助長する」などと敬遠する向きもあり、卒業式で採用する学校は減ってきました。

 それでも歌い継ぐ学校はあり、「コロナ禍で休校となり一度も練習ができなかったため、歌詞を見ながら歌いました。悲しい思い出ではありますが、心に残る一生の思い出になると思います」(10代)という回答もありました。

 50代1位、40代2位は「贈る言葉」。ドラマシリーズ「3年B組金八先生」(79~11年)の第1シリーズの主題歌です。主演した武田鉄矢さん率いるフォークバンド「海援隊」のシングルとして人気を博しました。ドラマを視聴していた世代には、名シーンとともに、<暮れなずむ町の~>から始まるフレーズが記憶に刻まれています。「担任の先生が卒業式の歌に推薦してくれました。文字通り、私たち児童への『贈る言葉』で、今でも良い先生だったと思い出します」(50代)

 40、50代のランキングではこの他に、「蛍の光」、荒井由実さんの「卒業写真」、尾崎豊さんの「卒業」などが入りました。【デジタル報道グループ】
 
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80年代終盤、日本二輪四輪絶頂期!

80年代終盤、日本の二輪だけでなく四輪でも経済バブルと合わせた絶頂期、二輪のホンダ・ヤマハ・スズキ・カワサキのオートバイ世界GPやF1~F3/スーパーバイクレーサーレプリカ、四輪のホンダF1やトヨタニッサン・三菱らのグループA契機の280馬力車両など、様々にヒットした。

だが、バブルにタガがハズレたバカ経営者達が、身の程に合わないバカ設備投資をしたせいで、以降経営のクビを絞めた。

四輪は、すぐに販売側の規格おチャラ化しや価格上げ、買う側の株損などのバブル損やリストラ被害などで瞬く間に売れなくなった。

二輪は、90年中盤までは持ち堪えたが、業界のドル箱だった2サイクル250cc関連をメーカーが打ち切り、パーツ産業も一気に収縮した。2サイクルエンジンの環境問題を克服する研究体力が、企業になくなったのだ。

一番の象徴は、ホンダNSR250だったろう。87年から90年まで、毎年フルチェンジに近いニューモデルを出していた。本田宗一郎死後、90年モデルの小手先カラーチェンジで93年までを凌ぎ、更に、94年はレプリカとは関係ないフルチェンジし、97年に生産中止になった。

30年近く経った今も、当時価格の倍以上の値段がついているのは、以後の二輪メーカーの愚商品展開に依る。

ビッグスクーターやバカデカバイクなど、自己満足ですらないようなモノしか出て来ない。今の250ccは、カワサキ以外はショボくなり、誰も見向きしなくなった。

 

 

 

 

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NSR250Rが頂点を極め、ゼファーが登場した──日本の名車100選【昭和63~平成元年編】
2/15(木) 6:50 Yahoo!ニュース
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昭和~平成を駆け抜けた国産名車たち〈その9〉
 
NSR250Rが頂点を極め、ゼファーが登場した──日本の名車100選【昭和63~平成元年編】
毎年のように新技術が投入され、日本の4メーカーが世界4大メーカーとして覇権を争っていた時代。250&400レプリカは究極形態へ達し、馬力自主規制の発動からブーム衰退へ向かっていった。

【写真】'88NSR250R、後方排気TZR250、RGV250ガンマほか

ハチハチ、レーサーと同時開発、後方排気など様々なワードが巷に踊る
群雄割拠のレーサーレプリカブームはやがて、決定版ともいえる’88NSR250Rの登場でピークを迎えていく。「アルミフレーム」「TZと同時開発」「後方排気」「RS250のパーツがそのまま使える」「配線1本で58ps」など、様々なワードが巷でささやかれたり、時には声を大にして「どっちが速い!?」「パラ2こそ正義、V型は音が……」などと言い争われたりもした。

そして平成元年、レプリカブームに終止符を打つことになるバイク、ゼファーが登場する。スペック至上主義から、バイクらしいバイクへ。熱狂の時代は過ぎ去り、現代へと続くバイク文化が成熟をはじめることになる。平成元年には手塚治虫美空ひばりが死去したほか、ゲームボーイの発売やNHKの衛星放送開始といった出来事があった。たった2年の間に、時代は劇的に動いた。

HONDA NSR250R SP──人気、実力ともに最強リアル公道レーサーの決定版
大ヒットしたヤマハTZRの対抗馬として’86年10月、ホンダがNSR250Rを送り込んだ。その走りは衝撃的だった。以前から市販レーサーと共同開発したモデルは存在したが、NSRはレーサーRS250Rにそのまま保安部品を装着したような仕上がりだったのだ。新作の90度Vツインは全域パワーバンドを獲得。目の字断面のアルミフレームもRS譲りで、車重はクラス最軽量を誇った。

改造範囲が狭いSPレースではNSRでなければ勝てないほど強く、爆発的なセールスを記録。’88年型で早くもフルチェンジし、電子制御のPGMキャブや5角断面フレームを採用した。歴代最強の呼び声も高く、市販バイク初のマグネシウムホイールを奢るSPも追加された。

【HONDA NSR250R SP 昭和63(1988)年】主要諸元■水冷2ストローク並列2気筒ケースリードバルブ 249cc 45ps/9500rpm 3.8kg-m/8000rpm■126kg(乾)■F=110/70-17 R=140/60-R18 ※諸元は1988年

【NSR250R 昭和52(1987)年】TZRの登場から11か月後にデビュー。排気デバイスのRCバルブなど’85~’86WGP250 のメーカー部門を連覇したNSR 譲りの技術を注入した。

SUZUKI RGV250Γ──スパルタンなジャジャ馬
本格レプリカの元祖であるΓが’88年、次世代機に進化を遂げた。心臓部に新作の90度Vツインを搭載し、低中速トルクを増強する1シリンダーあたり2つの排気デバイス、ボックス構造のアルミダイヤモンドフレームなど最新装備を満載。凄まじい高回転パワーが「ジャジャ馬」として愛され、ケヴィン・シュワンツのレプリカカラーも魅力的だった。

【SUZUKI RGV250Γ 昭和63(1988)年】主要諸元■水冷2ストロークV型2気筒パワーリードバルブ 247cc 45ps 3.8kg-m■131kg(乾)

YAMAHA TZR250──掟破りの後方排気
NSRを打倒すべく、’89年型でTZRが初のフルモデルチェンジを敢行。型式名は3MA(愛称サンマ)で、レーサー’88TZ250と同様「前方吸気&後方排気」という通常と逆のレイアウトが話題を呼んだ。低重心化や吸気効率の向上などを狙ったが、ピーキーな特性に。テールに収めた2本出しチャンバーも特徴で、共鳴音は芸術的だ。

YAMAHA TZR250 平成元(1989)年】主要諸元■水冷2ストローク並列2気筒ケースリードバルブ 249cc 45ps 3.8kg-m■136kg(乾)

HONDA CBR400RR──記念すべき初のダブルアール
’86年デビューのCBR400Rは、ホンダの400㏄で初めてカムギアトレーンを搭載。性能十分ながら、ツアラー風の外観で支持を得られなかった。そこでレプリカのスタイルを与え、より戦闘力を向上した発展版が「RR」だ。新型ヘッドやキャブを与え、スリム化したアルミフレームで3㎏減量。デビュー年に鈴鹿4耐も制覇した。

【HONDA CBR400RR 昭和63(1988)年】主要諸元■水冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ 399cc 59ps 4.0kg-m■162kg(乾)

HONDA VFR400R [NC30]──ワークス直系4ストミドル究極形
ホンダのV4がサーキットを席巻していた’86年、400初のV4レプリカとして投入。ワークスマシンさながらのフルカウルに、カムギアトレーン、ダイヤモンド式アルミフレームなどの先進メカを採用した。’87で片持ち式スイングアーム=プロアームを獲得。’89でRC30のデザインをイメージした決定版のNC30にチェンジした。

【HONDA VFR400R [NC30] 平成元(1989)年】主要諸元■水冷4ストロークV型4気筒DOHC4バルブ 399cc 59ps 4.0kg-m■164kg(乾)

YAMAHA FZR400──現代的なレイアウトを導入
FZ400Rに続く、本格4ストレプリカとして’86年に投入。ワークスレーサーと同時開発し、59psの高回転エンジンに極太アルミデルタボックスフレーム、シート前の燃料タンクなどサーキット向けの装備を満載する。前傾エンジンやダウンドラフト吸気など近代的レイアウトの「GENESIS」を400で初採用したのも本作だ。

YAMAHA FZR400 昭和61(1986)年】主要諸元■水冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ 399cc 59ps 3.9kg-m■157kg(乾)

KAWASAKI ZXR400──倒立にラムエアの最終兵器
レプリカブームを静観していたカワサキが’89年、ついに解き放った真正レプリカ。お家芸であるサイドカムチェーン方式の水冷直4をはじめ、市販車初の倒立フォーク、アルミ製ダイヤモンドフレームなどF3ワークスレーサー譲りのハイテクで武装する。中でも「洗濯機ホース」と呼ばれたタンク上の吸入ホースは有名だ。

【KAWASAKI ZXR400 平成元(1989)年】主要諸元■水冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ 398cc 59ps 4.0kg-m■162kg(乾) ※写真は1990

HONDA AFRICA TWIN──地上全てを走破する本格パリダカレプリカ
世界一過酷と言われるパリダカールラリーに、’86年からホンダが45度V型2気筒のワークスレーサーNXR750を送り込み、4連覇の偉業を達成。そして’88年、NXRの技術を還元した市販車、アフリカツイン(欧州名XRV650)を発売した。心臓はロードスポーツのブロス650と同型で、Vバンク角を52度としながら、24ℓ大容量タンクと一体型のアッパーカウルや、大型アルミアンダーガードなどNXRのイメージを再現。φ43㎜のエアアシスト付きFフォーク、プロリンク式アルミリヤアームなど足まわりも充実していた。さらに’90年、742cc化で57psに増強。大型カウルやフロントWディスクも入手した。

【HONDA AFRICA TWIN 昭和63(1988)年】主要諸元■水冷4ストロークV型2気筒SOHC3バルブ 647cc 52ps 5.7kg-m■195kg(乾)

YAMAHA XTZ750 SUPER TÉNÉRÉ──5バルブの高速ラリーレイド
アフリカツインに先駆け、’83年に単気筒のパリダカレプリカ=XT600Zテネレを市販していたヤマハ。高速化するラリーに対応すべく、’89 年にDOHC5バルブの750㏄パラツインを積むXTZ750を投入した。シリンダーを45度前傾させ、コンパクトさと低重心を両立。’90年のパリダカでは2位、’91年に優勝を果たしている。

YAMAHA XTZ750 SUPER TÉNÉRÉ 平成元(1989)年】主要諸元■水冷4ストローク並列2気筒DOHC5バルブ 749cc 70ps 6.8kg-m■195kg(乾)

SUZUKI DR800S──世界最大シングルの元祖怪鳥
ファラオの怪鳥」と呼ばれたパリダカワークス、DR-ジータのレプリカとして’88 年にDR750Sが登場。そして’90年、779 ccにボアアップしたDR800Sに進化を遂げた。量産バイクの単気筒として世界最大で、ボア×ストロークは 驚異の105×90mm。さらにクチバシ状のデザインは今も一般的だが、その元祖がDRシリーズとなる。

【SUZUKI DR800S 平成2(1990)年】主要諸元■油冷4ストローク単気筒SOHC4バルブ 779cc 52.5ps 6.06kg-m■185kg(乾)

YAMAHA TDR250──TZRの心臓を積む異色作
レプリカであるTZR250の2ストパラツインを搭載した、前代未聞のデュアルパーパス。フレームはスチール製ダブルクレードルで、モノクロスサスやフロント18&リヤ17インチのアルミスポークホイールの脚を組み合わせた。オフロード的な車体構成ながらオン寄りの性格で、強烈加速が楽しい。モタードの先駆けと言える存在だ。

YAMAHA TDR250 昭和63(1988)年】主要諸元■水冷2ストローク並列2気筒ケースリードバルブ 249cc 45ps 3.6kg-m■134kg(乾)

HONDA GL1500 GOLDWING──フラット6で快適の極みへ
’75年にデビューした初代ゴールドウイングのGL1000は、水平対向4気筒999㏄から始まり、1100、1200と年々進化を重ねた。ついに’88年、シルキーな水平対向6気筒1520ccの新型エンジンと、低重心化&高剛性を実現した新作フレームによるGL1500に生まれ変わった。外装や装備も一気に現代的となり、多くのファンを獲得した。

【HONDA GL1500 GOLDWING 昭和63(1988)年】主要諸元■水冷4ストローク水平対向6気筒SOHC2バルブ 1520cc 97ps 15.2kg-m■360kg(乾)

KAWASAKI ZEPHYR──時代を超越したフォルムでネイキッド旋風を巻き起こした
’80年代後半、レーサーレプリカのスペック至上主義と高額化が飽和点に達し、新たなカテゴリーを望む声が高まった。これに応え、カワサキが’89年4月に発売したモデルがゼファー(400)である。GPz400Fがベースの空冷2バルブに、鉄ダブルクレードルフレームという時代に逆行した車体構成ながら、往年のZをイメージした普遍的なフォルムと大らかな味わいを体現。52.9万円というリーズナブルな価格も手伝い、大ヒットを飛ばした。発売当初から入手困難になるほどの人気で、’92年までベストセラーに君臨。他メーカーも丸目1灯&リヤ2本ショックのネイキッドをこぞって投入し、レプリカブームは終焉。代わってネイキッド全盛時代が幕を開けた。

【KAWASAKI ZEPHYR 平成元(1989)年】主要諸元■空冷4ストローク並列4気筒DOHC2バルブ 399cc 46ps/11000rpm 3.1kg-m/11000rpm■177kg(乾)■F=110/80-17 R=140/70-18

また、400のヒットを受け、ほぼ同時期に750と1100の開発がスタートした。’90年8月に登場した750は、Z650ベースの直4に一段とZ2を想起させる造形を採用。旗艦の1100は’92年にデビューし、国内仕様初のリッターオーバーNKとなった。

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