実現しなかったのはナゼ?

実際に市販されなかった、国産ミドシップスーパーカーを挙げている。

・ジオットキャスピタ

童夢

いすゞベレットMX

トヨタEX7

他にも、ニッサンID4などもある。

どれも、外国のスーパーカーやショーモデルの猿真似で、バカ高いカネをかけ、手間暇かけ回して、ただでさえバカ高いコストがかかるワンオフに拍車をかけたクルマを作ってしまった。

クルマを市販化するには、信頼性あるコンポーネントの設定と共有化にある。初代は4AG、2代目は3SGであるコトが効いている。逆にNSXは、ムリヤリに総アルミボディーやこの車種用エンジンチューンをやって、コストをハネ上げた。

結局、日本で市販されたミドシップカーは、MR2系とNSX系くらいしかない。しかし、NSXは初代・2代目とも、販売をマトモに考えず独善的なクルマ作りを断行した。

ホントにキチンとしたコスト意識で開発され市販されたミドシップは、MR2やMRSくらいなのだ。

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どうして市販しなかったの? 幻の「国産ミッドシップスーパーカー」4選
6/12(土) 18:32 Yahoo!ニュース
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期待を集めながら惜しくも市販されなかった国産スーパーカー
 
市販が期待された幻の国産スーパーカー
 今でこそミッドシップスーパーカーは世界中のあらゆるメーカーから販売されているが、日本メーカーにとってはホンダNSXなどごく少数で、ほぼ皆無と言っていい。だが、過去にはショーモデルとしていくつか提案されていたのはご存知だろうか? 2021年は東京モーターショー開催中止が決定したが、過去の同ショーで出展され人気を集めつつも、市販には至らなかった国産ミッドシップスーパーカーをモータージャーナリスト片岡英明が振り返る。

【画像ギャラリー】こんなにかっこいいのに何故市販しなかった? 幻のコンセプトカーを写真でチェック

ジオット・キャスピタ:泡と消えた「公道を走るF1マシン」
 バブル期の80年代後半、女性下着メーカーの「ワコール」はジオットを設立し、童夢スーパーカーの開発を依頼する。エンジンはスバルがイタリアのモトーリモデルニと共同開発したF1用の3.5L水平対向12気筒DOHC5バルブ(公称450ps)だ。
 このエンジンを積んだ「ジオット・キャスピタ」は1989年の第28回東京モーターショーでお披露目され話題を独占する。
 レーシングカー造りのテクノロジーを駆使したアグレッシブなクーペボディはフルカーボン製。シャーシもカーボンコンポジットの凝ったものだった。1991年に正式発売を予定していたが、バブルが弾け試作車が作られただけで終わっている。

童夢・零:国産初のスーパーカー
 
童夢・零
 林ミノル率いるレーシング・コンストラクター童夢は、1978年のジュネーブショーに流麗なフォルムの『童夢・零』を送り出した。
 ウエッジシェイプの強いクーペボディにガルウイングドアを組み合わせ、ミッドシップに搭載したエンジンは日産のL28型直6SOHCだ。これを発展進化させた童夢・零P-2も開発する。市販が期待されたが、当時の運輸省(現在の国土交通省)は頭が固く、型式認定取得の門戸を開かなかった。そのため市販化は途中で頓挫する。

いすゞ・ベレットMX1600シリーズ
 いすゞ自動車はプレミアム・スポーツカーの開発に意欲を燃やし、1969年の第16回東京モーターショーにギア社にデザインを依頼したミッドシップのスポーツカー、ベレットMX1600を参考出品。
 ノーズ先端にはリフト防止の可変スポイラーが内蔵され、エンジンは117クーペに搭載のG161W型直4DOHCだ。1970年のショーには4灯式ヘッドライトの改良型を出品した。が、GMと提携を結んだため量産化を見送っている。

トヨタEX7:トヨタ7の「心臓」を搭載
 
トヨタEX7
 トヨタのレーシングカー、トヨタ7の最終進化モデルとして開発されたミッドシップの実験スポーツカーだ。レーシングカーの手法でシャーシを設計し、エンジンやサスペンション、ブレーキなどもトヨタ7から流用している。5LのV8DOHCエンジンはターボを外し、450psにデチューンして搭載された。

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