フェラーリ、言うほど成功してはいない。

フェラーリ、自動車メーカーとしては言うほど成功してはいない。

少種少量生産販売のメーカーでは、ドコまでを成功、ドコからが失敗かはハッキリ出しにくい。元々、エンツオ存命時のフェラーリでは、まずレース、特にF1、レースイメージのクルマのメカ反映した開発販売。全盛期は、N・ラウダやJ・シェクターの70年代まで。G・ビルヌーブやE・アンジェリスやM・アルボレートやG・ベルガーの80年代は苦しかったし、88年にエンツオが亡くなり、経営意志というか支柱を無くした。後は、フィアットの支援を大々的に受けているだけだ。

ラウダの時までに、ディノ206/246GTや308GTBを輩出し、ランボルギーニカウンタックが起こした300キロの話題には365/512BBで応じた。しかし、以後の改良は追い付かず、328や512BBiで凌いだ時期が長かった。テスタロッサや348は、フェラーリ主導のメカよりピニンファリーナのデザインの方が強かった。

ポルシェが959を出すコトに対抗したF40が、実質的エンツオの遺作、最後のフェラーリ的成功であるように思う。

ドレも「やっちまってる!」受注生産が、失敗を押し隠しているだけだ。

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跳ね馬も筆の誤り! 王者フェラーリの「やっちまった」モデルとは
2/13(日) 17:30 Yahoo!ニュース
 
1970~1980年代はフェラーリ暗黒時代だった
 
「ディーノ208/308GT4」はフェラーリと言えどもセールス的には成功できなかった残念なモデル。悪い見た目ではないが、ブランドイメージと相性が悪かったようだ。
 いまや「飛ぶ鳥を落とす勢い」と例えてもよいフェラーリ。一般的なカタログモデルを購入するだけでも、そこにあるのは長いオーダーリストの列。さらに、フェラーリには絶対的なカスタマーのヒエラルキーがある(らしい)から、彼らがこの列に割り込むことで、一般ユーザーの納車時期はますます伸びる。一時はオーダーから納車まで、1年半ほどの時間を必要とすると説明されたモデルさえあった。

【画像】フェラーリ・モンディアルのフロントスタイリング

 そのフェラーリにも、暗黒時代というものがあった。とりわけ1970年代から1980年代にかけての、オイルショックを直接の発端とする経済危機。加えて年々厳しくなる排出ガス規制に、フェラーリのようなスーパーカーメーカーは直面することになったから、彼らが最大の魅力とする最高出力や最高速といったデータは、徐々にその牙を抜かれていったのだ。しかもそのようななかでフェラーリが命運をかけたのは、実用性の高いミッドシップの2+2GT。だが、残念ながら12気筒モデルも、よりコンパクトな8気筒モデルも、十分な成功を収めたとはいえない、いわゆる「やっちまったな」フェラーリが続々と誕生するのみだった。

 その「やっちまったな」の始まりは、1973年にデビューした「ディーノ208/308GT4」だったのかもしれない。ディーノといえばその前作である246GT/GTSの美しさがいまでも鮮烈な記憶として残るが、同じくランボルギーニ版「やっちまったな」モデルのひとつともいえるあのウラッコにも似たこのモデルは、残念ながら大きなヒットには至らなかった。

 フェラーリとしては初となる3リッターのV型8気筒エンジンをミッドシップし、デザインをベルトーネのマルッチェロ・ガンディーニに委ねた208/308GT4。

 ちなみに208GT/4は、税制上の問題でイタリア市場専用車として製作されたモデル。それを加えても全生産台数は約7年間の期間で2826台にとどまっている。これには1975年にデビューした2シーター・ベルリネッタ、308GTBの人気に隠れてしまったという理由もあるだろう。

フェラーリと直線的シルエットは相性が悪い!?
 
「456GT」も失敗モデルと言われている。デザインなどは好みの問題なのでさておき、機関系のトラブルなど走るという大前提が崩壊していることがその要因と言われている。フェラーリの中では中古価格が格安の部類だが、飛びつくと痛い目を見ることでも有名だ。
 208/308GT4の後継車として1980年に発表されたモンディアール・シリーズもフェラーリとしては「やっちまった」モデルといえるものだろう。「モンディアール」とは世界を意味する言葉で、これは1953年にフェラーリから登場したコンペティションモデル、「500モンディアール」から採られたもの。フェラーリがいかにこのモデルの成功に賭けていたのかが容易に想像できる。それに続く8の数字は、もちろんエンジンがV型8気筒であることを示す。

 1982年にはV型8気筒エンジンを4バルブ化した「クワトロバルボーレ」、翌1983年にはフルオープンの「カブリオレ」を誕生させるなど、積極的な進化を続けたモンディアールは、じつは2シーター車のパイロットモデル的な存在でもあった。その後も1985年には「3.2」、1989年には3.4リッターとされたエンジンとクラッチを縦置きとした「t」が発表される。

 唯一モンディアールに採用され、2シーター車にその技術が移行しなかったのは、1992年に採用された2ペダルの「ヴァレオマチック」仕様で、これはマニュアル車と同じミッションを使い、クラッチ操作のみを自動化したものだ。このように技術的には常に先進性を主張し、2シーター車以上の機能性を持つフェラーリとしてのセールスを1993年まで続けたモンディアールだが、結局それは6000台ほどが生産されたにすぎなかった。

 V型12気筒モデルでも、フェラーリの「やっちまった」モデルというのは意外に多い。まずはその直線的なフォルムが特徴的な、「365GT4/2+2」、「400GT/400GTオートマチック」、「400i」、「412」という、1972年から1989年までを生き続けたフルサイズの2+2GT。

 こちらもその端正なボディスタイルで、近年その魅力が再認識されているが、数々のトラブルで自分が「やっちまった」になってしまう可能性も高い。その後継車である1992年登場の「456GT」はデザインコンセプトを大きく変えたが、こちらも残念ながらフェラーリが考えたほどの成功を収めることはできなかったようだ。

 さらに、記憶に新しい極めつけの「やっちまった」は、フェラーリとしては初の4WDシステムとなる4RMを搭載し、シューティングブレーク風のスタイルを与えた「FF」だろうか。6.2リッターのV型12気筒エンジンは660馬力。最高速は335km/hと、スーパースポーツの第一線に位置する性能を発揮しつつも、快適なフル4シーターのキャビンを生み出すためのスタイリングが結果的には「やっちまった」の最大の理由となってしまったわけだ。

 どんな自動車メーカーにも、「やっちまった」モデルというものは存在する。現在のフェラーリには、その最先端の技術力とデザイン性、そして世界最高水準のブランド力で、その例がほとんど皆無というわけなのだ。

 世界中のメーカーがフェラーリのビジネスモデルを追従し、さらなる成長を目指すのも十分に理解できるような気がする。
山崎元

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