野球って、少年野球やリトルリーグしかないの?

ヒトの成長って、10代中盤以降、プロ野球選手に門戸が開くのは、基本18歳以降。つまり、セレクションとして、野球に於いて才能を発揮する有効期間は高校生以降なのだ。ステージとしては、春夏の甲子園になるが。小中学生の間では、早過ぎる部分がある。もちろん、高校生初期に有利なポジションを取るには効果ある。

野球はボールに依るが、広いフィールドが要る。日本は、外国みたいに広い場所を取れない。少年野球かリトルリーグのチームに入るしかない。すると、ユニフォーム他も高額だ。1グラウンドで、18人プラスアルファしかゲームできない。他は、見てるか、玉拾いかだ。いっぱい入るが、つまらなさを感じて辞めて行く。サッカーやラグビーやアメフトでも。

単にプレー機会なら、卓球やテニスやバドミントンなど、個人競技の方がある。

また、サッカーの方が、早くプロの門戸が開く。ユーチューバー他はもっと早かったりするし、スケートボーダーやスノーボーダーなども。

しかし、ソレらは"カネを稼げる技能"の1つに過ぎない。

何故、小中9年の義務教育があり、高校大学があるか?ヒトが生きて行く上で、学ぶべきコトがある。学び方も段階がある。スポーツに於いても、カラダの成育と鍛練段階があるのと同様なのだ。

それを見極めるのは、親の役目だ。

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「子どもの野球離れ」はなぜ起こるのか…少年野球の「指導」に感じた2つの違和感
4/20(水) 8:02 Yahoo!ニュース
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環境の制限が厳しくなった
 
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 私がまだ小学生だった頃、学校から帰って自宅にランドセルを置くとすぐに、グローブとバットを持って家を飛び出し、日が暮れるまで近所の友達と野球をするのが日常だった。

【写真】PL学園・野球部の「ヤバすぎる3年間」で僕が学んだこと

 プレーグラウンドは、自宅近くの三角公園だったり、稲刈りの跡が残る田んぼだったり、空き地だったり、子どもたちが野球を出来る場所は何処にでもあった。

 それが今やどうだろうか。公園には「球技禁止」の看板。都会ではそもそも田んぼも空き地も無くなり、野球に限らず子どもたちがボール遊びを出来る空間を見つけるのも難しい。

 自宅近くの大学構内で、まだ幼かった息子とキャッチボールをしていて、「危ないから止めてください」と大学職員に怒られたことさえある。子どもたちにとっては、厳しい環境となったものだ。

 子どもたちが将来なりたい職業の男の子編では、その昔からずっと「野球選手」がトップで当たり前だったのが、Jリーグが1993年に出来たのを境に「サッカー選手」にその座を奪われることが多くなった。

 1989年から調査を続けている「第一生命『大人になったらなりたいもの』アンケート」によると、2021年の調査結果では、小学生・男子は1位が「会社員」で、「YouTuber」「サッカー選手」「ゲーム制作」と続き、「野球選手」は5位、中学生・男子ではなんと10位だった。

 今回から新型コロナの影響で調査方法や調査対象が変わったため変化があったと思われるが、「野球選手」の人気凋落ぶりは明らかだ。

野球部員は「丸刈り」というハードル
 
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 「野球選手」への憧れの減少は、少年野球や中学野球、高校野球のプレー人口にもはっきりと表れている。中体連(日本中学校体育連盟)によると、中学校軟式野球部の生徒数は2001年に32万1692人だったのが、2017年には17万4343人にまで減少した。高校野球でもプレーする生徒数が減り続けている。

 なぜ、野球をする子どもたちの数が減っているのだろうか。少子化だけが理由とはならないだろう。まず考えられるのは、スポーツの多様性だ。

 昭和の時代には、お父さんはテレビで毎晩のように野球中継を見て、子どもは野球漫画に熱中したが、サッカーやバスケット・ボールなど他のスポーツを描くアニメが人気を集め、子どもたちがやるスポーツの選択肢が増えた。これはいいことだと思うし、仕方がない側面もある。

 次に、野球というスポーツを始めるハードルの高さについて考えてみたい。この点について考える際に、真っ先に思い浮かぶのは中学校や高校の野球部員の丸刈り頭だ。

 私も当時は当たり前のように頭を刈っていたし、「長髪の学校なんかに絶対に負けたくない」とさえ思っていたが、今もう一度あの時に戻ることが出来るのなら、丸刈りにはしたくない。

 実際に、「学校で野球をしたいけど、丸刈りにするのが嫌だから野球部には入らない」という友達がいた。丸刈りという髪型自体を否定するつもりはないが、中学や高校の野球部の生徒が、今でも当たり前のように丸刈りをしている現状には違和感しかない。

 違和感と言えば、昭和の指導法が残っているのも残念だ。自分もそうだったから、反省とともに書く。

ピークがいつ来るかは分からない
 
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 息子二人が小学生だった時に所属していた地元の少年軟式野球チームで、10年ほどお父さんコーチをやらせて貰った。自分自身が高校野球では厳しい指導を受け、大学では自主性に任されてやり切ったという経験があっただけに、最初は子どもたちを褒めて育てようと思っていた。

 しかし、練習や試合で小学生の子どもたちの態度が悪いとついカッとなり、叱咤激励を通り越して、きつい言葉で教育的指導を行うことも多かった。

 まさに私も”昭和の指導者”だった。相手チームの指導者が、ミスをした子どもたちを試合中に感情的に叱咤するのを見る度に嫌な思いを抱いていたが、子どもたちからすると、私も同じだったのかも知れない。自分では「大事なのは勝ち負けよりも、野球に取り組む態度」と思っていたのだが、子どもたちにどこまで伝わっていたのかは分からない。

 少年野球のお父さんコーチをやった経験からもう少し言うと、少年野球はボランティアの監督やコーチ、それに子どもたちの世話をして下さるお母さん方の支えで成り立っている。

 私がいたチームでは、卒団式の時に子どもたち一人一人が支えてくださった大人たちに感謝の言葉を述べるのだが、その言葉を聞いて涙しながら子どもたちの成長を感じ、「少年野球に携わることが出来て良かった」と温かい満足感に浸ったのを思い出す。

 私が言うのは憚られるが、少年野球の指導者には、是非「子どもたちが野球というスポーツを好きになる」指導をしていただきたいと思う。

 その少年野球のお父さんコーチをしていた時に、自分自身で大切にしてきた思いがある。子どもたちや仲間のお父さんコーチにも何度か伝えた。それは、「これから中学、高校、ひょっとして大学と長く野球を続けていく中で、野球選手としてのピークがどこで来るかは分からない」ということだ。

 野球に限らず、子どもたちには“早咲き”の子も“遅咲き”の子もいる。自分の野球選手としての実力が、いつ花開くかは誰にも分からないのだから、試合に出るチャンスが今はあまりなくても諦めずに、地道な努力を続けてほしいのだ。

 上原だって、黒田だって高校時代はエース・ピッチャーではなかったのに、結果的にはプロ野球でエースとなり、メジャーリーガーにもなったのだ。だからアマチュア野球の指導者にも、チームの勝利ばかりにこだわるのではなく、その子の野球キャリアの将来性を伸ばすような指導を心から願いたい。

 各世代で、トーナメント戦でその世代の日本一を決める今のやり方を続ける限り、勝利至上主義になるのではないか。そうではなくて、子どもたちが野球は楽しいと感じ、野球をもっと好きになって、自分が次の世代に上がった時にも野球を続けたいと思って貰えるような指導が必要だと思う。

 だからといって現場の指導者ばかりに、大きな荷物を背負わせるのは酷だろう。小学校にあがる前のティーボール(投手がボールを投げるのではなく、ティーに柔らかいボールを載せて打つ)から始まって、小学校、中学、高校、大学まで各層の野球指導者が、子どもたちが野球を好きになって楽しくプレーするような指導を出来るよう、野球界全体として“選手ファースト”の理念の共有や更なる環境の整備が必要なのではないだろうか。

 その際、日本野球界の最高レベルに位置するプロ野球の責任が重いのは言うまでもない。
春川 正明(ジャーナリスト)

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