ホンダトゥデイ、恋したら騒がしい風が・・・

ホンダトゥデイ、コンパクトなサイズの土台にFFでワイド&ローフォルムのハッチバックスタイルを立ち上げた。当時は軽自動車の排気量は550ccだったハズ。45馬力だった。当時、ワタシはホンダNSR250に乗っていた。カタログ馬力は45馬力。おじさんがMTのトゥデイに乗って来た時に、運転させてもらった。あの目線の低さやレスポンスの軽さは、2サイクルと4サイクルの違いもあり、新鮮だった。

87年、フジテレビがF1地上波放送を開始し、ホンダCMがいっぱい流れた。

ホンダトゥデイ、まだ売れてなかった頃の今井美樹のバックに、ソロ活動開始したばかりの岡村孝子「はぐれそうな天使」が流れていた。以後、今井美樹がブレーク、モデルから女優や歌手に展開、山下久美子から布袋寅泰を略奪するに至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

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カタログはまるで女性誌のよう! 弾丸フォルムと呼ばれた初代ホンダ・トゥデイを振り返る
7/5(火) 11:40 Yahoo!ニュース
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トゥデイの全高はスペシャルティカー並の低さだった!
 
1985年に登場したホンダ・トゥデイ
 ホンダの軽自動車というと、今なら販売台数首位の座をキープするN-BOXがおなじみ。とはいえホンダの長い歴史のなかで「おっ!?」と思わせられる車種は、振り返ってみるとたくさんある。

【画像】ポルシェやフェラーリが軽自動車に「アオられる」衝撃!  岡山に生息する伝説の「トゥデイ」の正体(全71枚)

 初代トゥデイはそのなかの1台だ。登場は1985年のことで、CMやカタログには女優、歌手として人気絶頂だった今井美樹を起用。さらにTV‐CMに使われた楽曲は元・あみんの岡村孝子が歌う「はぐれそうな天使」で、当初は楽曲の作曲者の来生たかおバージョンが使われていたものが、ほどなく岡村孝子バージョンに切り替わっていた。

 ところで当時のライバル車だったダイハツ・ミラ、スズキ・フロンテ、三菱ミニカなどいずれも1395mmと全高の高さを売りとしていたのに対し、トゥデイの全高はそれらとは真逆の1315mmの低全高が最大の特徴だった。

 ちなみに当時の2代目ホンダ・プレリュードの全高は1295mm、トヨタ・カリーナEDが1310mm、いすゞ・ピアッツァが1300mmといったところで、背を高くして実用的なパッケージングを追求するのが主流だった軽自動車のなかにあって、トゥデイの全高はスペシャルティカー並の低さだった。

 で、今井美樹のCDはデビューからずっと持っていたが、あくまで音楽のファンでそれ以上は詳しくない筆者は、彼女の当時の身長が何cmだったのかは知らないのだが、どちらにしてもスラッとした彼女を横に立たせて、いかにも低全高だったトゥデイを際立たせることは狙いのひとつだったに違いない。

カタログのレイアウトが見やすかった
 
意外とこと細かに装備やメカニズムなどのディテールを紹介している構成だった。
 カタログやCMで使われたキャッチコピーは「キミとなら仲良くできる」「21世紀のハンサムです」「青山育ちのハンサムです」など。「21世紀……」は、じつは最初のカタログに載ってはいたもののヘッドコピーではなく筆者は見逃していたのだが、たとえば「21世紀に間にあいました」とやった初代プリウスに較べ、同じ21世紀でもずっとカジュアルなニュアンスだったところはトゥデイらしかったといべきか。

 その最初のカタログだが、当時の女性誌の誌面のようなレイアウトで、どの見開きもメインの写真でトゥデイの外観、室内、インパネなどを扱い、その周囲には、意外とこと細かに装備やメカニズムなどのディテールを紹介している構成。たとえば車両レイアウトの説明のひとつとして、運転席を中央寄りに配置し、ドライバーの右腕とドアの間の空間に余裕をもたせたことが図面とともに紹介されている。

 低全高だったことはすでに触れたが、クルマ自身はじつにユニークな仕上がりだった。全高は低くともエンジンを傾けて搭載するなどし、メカの部分をぎゅっと凝縮。2330mmのロングホイールベースや広い室内フロアとすることで、ゆったりとした居住空間を稼いでいたのだった。

 ホイールベースについては、初代シティが2220mm、初代バラードスポーツCR-Xが2200mm、シビック3ドアが2380mmだったといえば、軽自動車ながら、いかに長くとっていたかがわかるだろう。

スタイリッシュさにこだわっていたトゥデイ
 
初代は途中のマイナーチェンジで、ヘッドライトが異形へとフェイスリフトを受けた。
 室内では“ニートチェア”と呼ばれる、洗練されたデザインのシートを採用。フロントのヘッドレストはスリムなステーを採用したものだった。

 インパネは、今見てもコンパクトカーらしいシンプルでスマートな、秀逸なデザイン。左手を伸ばした先にスライドレバー式で備わる空調スイッチは、現代の簡単そうでじつはロジックがややこしかったりするタッチパネル式などよりも、遥かにわかりやすく操作しやすいものだった。ステアリングコラム右手には、カモフラージュされたデザインのコインポケットが備わるが、これも最近では懐かしい装備といえる。

 ほかにも機能面では、ダブルリンク式のフロントの1本ワイパー、前後可倒式ドアミラー、 などがユニークだった。軽自動車ながら贅沢にも3タイプのアルミホイールがオプション設定で用意されたのも、スタイリッシュさにこだわるトゥデイらしいところ。

 ところで“弾丸フォルム”などと呼ばれた初代トゥデイのスタイリングは、1983年登場の3代目シビックの3ドアに始まり、1986年に登場したクラウチングフォルムの2代目シティへ、さらに言えば1985年登場の3代目アコードのエアロデッキも含め、この当時の斬新で先進的なホンダ車を象徴するスタイリングだった。どこから見てもホンダのクルマだとわかったし、非常にチャーミングである。

 あの初代ルノー・トゥインゴの登場が1992年と初代トゥデイよりも7年もあとだったことを考えれば、いかに進んでいた、そしてハイセンスなスタイリングだったことがわかる。初代トゥデイはグッドデザインにも選定されている。

 その後、初代トゥデイは途中のマイナーチェンジで、ヘッドライトが初代のクッキリとした丸型から、大人しい異形へとフェイスリフトを受けた。さらに2代目にフルモデルチェンジされた際は、初代とは打って変わった、かなり普通の2ボックススタイルに。低い着座位置と広いグラスエリアによる広い視界が爽快だった初代トゥデイは、やはり懐かしいクルマの1台だ。
島崎七生人

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