今の中森明菜に、一体何を期待できる?声出る?

一体、今の中森明菜を紅白で見たいと思う?彼女は今、活動してるの?あの声が出る?

浜崎あゆみやELT持田香織らもそうだが、もはや全盛期の声が出ないから、当時の曲を同じトーンで歌えなくなっている。

あゆや持田は90年代00年代のハズだが、明菜は80年代だ。あの近藤真彦の件があって以来、酒浸り飲んで歌う繰り返しで酒ヤケ、出演したドラマでも酒ヤケ声だったりした。

キチンと歌えないなら、出ていただく必要はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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8年ぶり「紅白出場」が急浮上、中森明菜〝目玉出場〟の「カギはNHKが握っている」 再始動に備え新たな個人事務所設立も
9/9(金) 17:00 Yahoo!ニュース
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紅白で「I MISSED 〝THE SHOCK〟」を歌う明菜。連続出場はここで途絶えたが…
【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】

中森明菜にとって1988年はアルバムとシングルで連続1位が途絶えた年になったが、さらに大みそか恒例の「NHK紅白歌合戦」もひとつの区切りとなった。

【写真2枚】初々しいビキニ姿の中森明菜

「デビュー翌年の83年に初出場しました。この年に、いわゆる〝花の82年組〟で出場できたのは早見優と明菜だけでした。しかもNHKによる『出場させたい歌手』の世論調査では、松田聖子と並んで上位クラスに入っての出場だったのです。要するに明菜は新人でも突出した存在だった。それから『紅白』には6回連続出場してきたのですが…。実は明菜とともに聖子も連続出場がストップしました」(音楽関係者)

その後、明菜が「紅白」に復活したのは、再起をかけてユニバーサル・ミュージックに移籍した2002年の「第53回NHK紅白歌合戦」だった。14年ぶりの明菜の出演に業界内からは「奇跡的な復活劇」との声が上がった。

「この年はBoA夏川りみ、BEGIN、中島みゆきらが初出場でしたが、特に中島は黒部ダムからの中継で大きな話題になりました」(前出の音楽関係者)というが、当時を知る放送記者は「明菜は、中島の前に平井堅CHEMISTRY安室奈美恵SMAPという豪華な顔ぶれの流れの中で、東京スカパラオーケストラをバックに井上陽水が提供した『飾りじゃないのよ涙は』を熱唱しました。ダイナミックなボーカルは明菜の復活を世に知らしめた場面でした。とにかく3年前(1999年)には、所属レコード会社の社長から『業界追放宣言』され、絶体絶命といわれたのですからね」。

その後、2010年からは体調不良で活動を見合わせていたが、14年の「第65回NHK紅白歌合戦」で12年ぶりに再復活した。

それから8年。急に浮上してきたのが今年の年末の「紅白」への〝目玉出場〟である。

「今春に放送したライブ映像が大反響でしたからね。当然、『紅白』も…ってことに…。NHKは放送に際して事務所関係者とも打ち合わせを繰り返しているでしょうから、その中で『年末は…』という話になったことは容易に想像ができます。おそらく事務所とも条件面で合意ができていると思います」(前出の音楽関係者)

これもタイミングなのか。「紅白」の人選が始まる9月を前に突然に出てきたのが「新会社設立」なるツイッターでの発表だった(8月30日)。その中で明菜は「何らかの活動をと日々体調と向き合ってきておりましたが、まだ万全な体調とは言えません」とした上で、「ゆっくりになってしまうと思いますが、歩き出していきたいと思いますので、どうか見守っていただけると嬉しいです」としている。

さらに「再始動に備えて、新たな個人事務所を設立しました」と書き添えていた。新会社設立の理由は現時点ではハッキリしない。しかし、その一方で「明菜としては『生活の場』を模索していたのだと思います。その場合、当然ですが海外への移住も念頭にあったはずです」というのはプロダクション関係者だ。

「彼女は、日本ではのびのびと生活できないと思っています。日本で精神的なストレスが解消しない以上は生活の場を変えるしかない。彼女は以前から『ロサンゼルスに住みたい』と言っていました。その場合、新会社もロスに設立した可能性があります。社名の『HZ VILLAGE』というのも、そんな感じですしね…。ここで明菜側が情報を出したということは、すでに渡米しているとも考えられます」

となると、14年に続いて今回も米国から「紅白」出場となるのか。しかも、明菜の動向はNHKが撮り続けている可能性もあるというのだ。

「カギはNHKが握っていることだけは確かですね」と前出の放送記者はいうが、いずれにしても音楽業界で明菜の存在が再びクローズアップされている証しだろう。

「裏を返せば、昨今のスター不在ともいうべき音楽業界の状況を示していることにもなり、本来なら若いアーティストにとっては屈辱ですよ。もはや〝第二の明菜〟を目指して奮起してもらいたいですね」

「紅白」で復活したら明菜はまさに現代の不死鳥である―。 =敬称略 (芸能ジャーナリスト・渡邉裕二)

中森明菜(なかもり・あきな) 1965年7月13日生まれ、東京都出身。81年、日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生!」で合格し、82年5月1日、シングル「スローモーション」でデビュー。「少女A」「禁区」「北ウイング」「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE―情熱―」などヒット曲多数。NHK紅白歌合戦には8回出場。85、86年には2年連続で日本レコード大賞を受賞している。

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