ニッサンの名車、フーガ?名車となる前に消えたじゃん!

ニッサンの嘗ての名車?フーガはそうなる前に、豊臣のように2代で終わったじゃん!イヤ、本能寺の変が1582年、大阪の陣が1615年と思ったら、フーガのライフの倍以上じゃん!

ニッサンには、サ行の受け継がれて来た車名、サニー、シルビア、スカイライン、セドリックらの名前がある。ソレらを軒並やめ、ワケのわからん名前のクルマに付け替えた。あのリストラ踏んだ繰り社長に、車名も従業員も下請も国内市場もみんなズタズタにされ、挙げ句にレバノン逃亡された。

こんなにサッサと閉じるなら、フーガなどと名前を変える必要すらなかった。

ワタシの父親、大学教授で往復100キロ好きな時間に出勤し好きな時間に帰り、好きな場所に行くため、セドリックのディーゼルを3年車検受けるコトなく乗り継いで来た。

フーガになったトコで、ディーゼルがなくなり、この図体に2.5リッターガソリンの最下グレードに乗り、膵臓ガンで人生を終えた。

4.5リッターV8なら乗っても良かったが、ソレ以外のグレードに一切の興味はなく、2代目でソレすらなくなり、更々興味はなかった。

セドリック/グロリアがスカイライン以外の他のサ行車名同様なくなり、何の未練もなくアルピナB12-5.0BMWに買い替え、20年あったニッサン車生活を閉じた。

ニッサンバサラ、ではなく、ニッサンさらばだ!

以後、日本にソレを後悔するクルマが出たコトは全くない。

 

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日産のかつての名車「フーガ」はなぜ消えねばならなかったのか?
2024.02.02 11:02掲載ベストカーWeb10

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名車セドリック/グロリアの系譜を継ぐ名門中の名門である「フーガ」。「シーマ」とともに、日産を代表するモデルとしてラインアップされていたが、2022年、販売終了となってしまった。

初代こそ、そこそこ売れたものの、生涯を通して、大ヒットとはならなかったフーガ。フーガの流転の運命をたどりながら、フーガの消滅について、そして今後日産のセダンがどうなっていくのか、考察しよう。

日産のかつての名車「フーガ」はなぜ消えねばならなかったのか?

文:吉川賢一
写真:NISSAN

カッコいいスタイリングで完成度が高く、そこそこ売れていた初代

日産の高級セダンとして、1970代~2000年ごろの国内市場を支えてきた「セドリック」と「グロリア」。伝統的な後輪駆動のパーソナルセダンとして、流行のスタイリングや最新の装備を取り入れつつ、30年以上にわたって、ライバルのクラウンとしのぎを削ってきた。歴代モデルを通して、日本初や世界初となる技術/装備がいくつも搭載され、「技術の日産」を印象付けてきたモデルでもあった。

フーガは、その伝統的を引き継いだモデルだ。2004年10月に誕生した初代フーガ(Y50型)は、フロントミッドシップにエンジンを縦置き配置する「フロントミッドシップパッケージ」(FMパッケージ)を採用したFR-Lプラットフォームと、53:47の理想的な前後重量配分をもつドライバーズセダンとして登場。高い走行性能や快適性で、登場当時から非常に完成度の高いモデルであった。

デザインも若々しくてスポーティであり、2004年当時としては珍しい19インチの大径タイヤホイールを採用。この初代フーガを皮切りとして、他の高級車メーカーも大径タイヤホイールを採用していくようになったと記憶している。筆者はこのY50フーガの開発の最終段階のころに日産自動車に入社しており、日産のテストコース内でY50の偽装車両を見かけ、非常にカッコ良いスタイリングに惚れ惚れしたことを覚えている。

2004年頃といえばすでにSUV人気も上昇し、トヨタハリアーが高級車として認められるようになった時代。そんな時代でも、初代フーガは十分な存在感と魅力を放っており、大ヒットといえるものではなかったが、海外市場ではインフィニティのラージセダン「M」としてヒット、国内市場のフーガも、そこそこ売れていた。

初代フーガは、スポーティな路線の「450GT」 「350GT」 「250GT」と、よりラグジュアリーを狙った「350XV」と「250XV」の5グレード構成であった

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速さではポルシェを超えるも、販売には繋がらなかった2代目

しかし2代目は、初代と比べ、まったく売れなかった。2009年11月に登場した2代目フーガ(Y51型)は、初代のスポーティ路線を継承しつつ、筋肉質なボディラインに生まれ変わり、インテリアも木目調もしくは本木目のフィニッシャー、鈍い金属調の輝きを放つ仕上げなど、高級車の王道を行く高い質感であったが、そもそものセダン不人気に加え、SUVやミニバンの人気爆発、輸入高級車の販売増加などによって販売は振るわず。

トヨタがクラウンやカムリ、レクサスのセダン全般を続々とフルモデルチェンジし、セダンが生き残る道を模索する一方で、日産は有効な手を見出すことができず、2010年11月に追加された「フーガ HYBRID」(モデル名としては、北米市場向けのインフィニティ 「M Hybrid」)が、0-400m加速でポルシェパナメーラのタイムに勝る13秒903という記録を樹立して当時のギネス世界記録に認定され、「ポルシェを抜いたセダン」として一躍有名にもなったのだが、これも販売に繋がることはなかった。

日産の余裕のなさによって、続けることが難しかった

2代目フーガは、ビッグマイナーチェンジや定期的な一部仕様向上などによって、ブラッシュアップはされたものの、モデルチェンジはおろか、パワートレインの変更や改良も行われることはなかった。ハイブリッドの燃費は12.8 km/L(WLCTモード)という目を覆いたくなる数値で、2015年には、フェイスチェンジと同時に、INFINITI(インフィニティ)のエンブレムを与えるという珍事も。ごく一部の日産ファンが憧れていた、インフィニティバッヂにすることで、フーガにレクサスのようなステータス性をもたせたかったのだろう。

フルモデルチェンジをする余裕がないなかでの苦肉の策だったのだろうが、批判が多かったことで、フーガをより苦しめる結果になってしまったように思う。燃費性能にしても、ダウンサイジングをした2.5Lエンジン+モーター、もしくは、エンジン縦置きe-POWERなどを投入できていれば、結果は違ったかもしれないが、日産としては、やりたくてもできなかったのだろう。

新型クラウンシリーズのような大改革は、余力があるトヨタだからこそできること。ムラーノティーダラフェスタ、ノートなどとともに「日産リバイバルプラン」の一環として(初代モデルが)発表されたフーガだが、日産がここからリバイバルしていくには、フーガを続けていくことが難しかったのだ。

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2023年10月にインフィニティが発表した「Vision Qeコンセプト」は、おそらくQ50(日本名スカイライン)の後継として登場するだろう。ただ、全長がかなり長いようなので、Q50(スカイライン)とQ70(フーガ)を統合した新たな後継セダンとして登場する可能性もある。

セダンタイプの需要は、法人からはいまも一定数はあるという。アリアで得たデバイスと知見を用いて、日産らしく電動技術を駆使し、「英知を宿したモンスターセダン」として、高級ドライバーズカーとしてのフーガの魂が復活することを期待している。

インフィニティが2023年10月に発表したBEVのコンセプトモデル「Vision Qe」。全長が長く、フーガと同じEセグメントのモデルに見え、次世代のラグジュアリーセダンとしてふさわしい存在感がある

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