ロータス・ヨーロッパツインカムスペシャル

ロータス・ヨーロッパツインカムスペシャル、ロータスの中では最強のエンジンをミドシップ化したクルマだ。ただ、このクルマ、人気なのは、あくまで池沢さとしのマンガ「サーキットの狼」があった日本だからだ。やっぱり、ロータス自体の世界的人気を支えていたのは、あくまでスーパー7やエラン。ヨーロッパは独特の構造やデザインが災いして、殆ど見向きされなかった。

池沢さとしの「サーキットの狼」でも、全27巻だったと思うが、ロータス・ヨーロッパは9巻、ライバル早瀬左近や沖田や隼人ピーターソンとの出会いから公道グランプリ、谷田部モータースで修理&ターボチューンして筑波A級ライセンス模擬レースまでだった。

公道グランプリでは終盤スタビライザーを壊し、沖田に逆ドリフトで抜かれ、最終コーナーで超高速コーナーリング、ハイスピード横転した逆さまでスローダウンしたディノを抜いたトップゴール。

筑波サーキットでは、ターボチューンした風吹のロータスは、フェラーリBBやランボルギーニカウンタックや早瀬のポルシェ930ターボを相手に中盤独走したが、周回遅れの多重クラッシュに巻き込まれストップ。遅れたトコから追い上げる過程で、慣性ドリフトをマスター。中盤以降独走した早瀬のポルシェ930ターボは周回遅れのカウンタックに足止めされ、最終ラップに追い付き、最終コーナー立ち上がりでは風吹がトップ、しかし、ゴール前で早瀬のポルシェが世界最高のフル加速で逆転した。ゴール直後、ロータス・ヨーロッパツインカムスペシャルターボはエンジンブローした。

確か、ノーマルで126馬力(トルク15キロくらい)730キロのクルマが、ターボ化で190馬力(トルク23キロくらい)760キロという設定、谷田部幸雄サンの援助とはいえ、当時最先端のドッカンターボチューンだった。

現実レーシングサービスディノ代表で、フェラーリF40で常磐道で320キロオーバーで走らせたビデオ販売したコトが発覚し、書類送検された切替徹サン、ストーリー中はマセラティー・ボーラで再三出演。筑波サーキットでは風吹のロータス接触クラッシュして舞い上がり、中央の池に飛び込んだ。10巻では、東名高速では修理したマセラティー・ボーラで早瀬と風吹のポルシェ930ターボと違法走行のGCマシン相手に、大井松田~御殿場をレースした。流石島レースでは再三抜かれ、終盤は消えた。

ロータス・ヨーロッパ自体は主人公風吹裕矢のクルマとしては9巻まで、17巻くらいの流石島レースでは現実ロータスクラブ会長鈴木サトルさんの参加車両として登場し、最終ラップ風吹の追い上げをサポートしてクラッシュした。

 

 

 

 

 

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超弩級スーパーカーに果敢に挑んだ孤高の狼!! ロータス・ヨーロッパ【いのうえ・こーいちの名車探訪】
2022/06/27 09:02 ベストカーWeb

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ランボルギーニ・クンタッシ(カウンタック)、ミウラ、フェラーリ「BB」、ディーノ、マセラティ・ボーラ……そうそうたる異次元のクルマたちの名が挙るスーパーカー世界。佳き時代のブームの折、その主役のひとつにロータス・ヨーロッパがあったのを憶えておいでか。

4L超、300PS超のV12気筒エンジンを搭載した超弩級スーパーカーのなかにあって、1.6Lにも満たない、パワーにしても半分以下の直列4気筒エンジン搭載車が活躍するとは。

超弩級スーパーカーに果敢に挑んだ孤高の狼!! ロータス・ヨーロッパ【いのうえ・こーいちの名車探訪】

オトナになっていろいろなことが解ってくると、選ばれたロータス・ヨーロッパは絶妙な存在だと気付かされる。

だいたいが決してスーパーカーにも劣らないあの個性的なスタイリングだ。それに軽量かつ小型のボディで、ヒラリヒラリとコーナーを抜けていける。超弩級スーパーカーは確かに直線では速いけれど、条件によっては充分にヨーロッパにも勝機があるではないか。

なるほど、絶妙の選択といまさらに賞賛したくなるのだ。

文、写真/いのうえ・こーいち

■そもそもは実用車

ロータス ヨーロッパ。「安価で創造性豊かなGTカー」というコンセプトで登場した(写真はモデルチェンジ後のS2)

ロータス・ヨーロッパが登場したとき、そのコンセプトはなかなか興味深いものであった。いま訊くと「あれ?」と思ったりするのだが、「安価で創造性豊かなGTカー」というのがそれ。

だいたいがロータス・セヴンも実用GTというのだから、彼らの「モノサシ」が一般と一致するとはいい難かったりする。そのセヴンの後継車として欧州で売りたい、と計画されたのがその名もヨーロッパなのであった。

鋼板で組んだバックボーン・シャシーFRPの軽量ボディを組み合わせる。エンジンはルノー16などに使われていた4気筒OHV78PS。特徴的なのはごく初期のミドシップを実現したことと、徹底的なコストダウンのためにすべてをシンプルな構造としたこと。

まあロータスの徹底振りはすごい。サイドウィンドウもシートもボディに固定、シャシーとボディは脱着不能。ドライヴィング・ポジションの調節はペダル類を移動して行なうというものだった。

前輪駆動用の直列4気筒エンジンをそっくりそのままミドシップ位置に搭載して、1966年からルノーの販売網を利用して市販された。売行きはよかったというが、ロータスの「モノサシ」、固定されたウィンドウなどは受け容れられ難かったようだ。

1968年4月、ロータス・ヨーロッパはヨーロッパS2にチェンジする。

■国内販売を開始

ヨーロッパS2は初期モデルの不都合を是正すること、英国内でも発売すること、がチェンジのポイントとなった。

それまで左ハンダーのみであったものが右ハンダーも設定され、ブーイングのもとであったサイドウィンドウは開閉可能どころか、一気にパワー・ウィンドウ化された。シャシーは脱着可能(初期型は固定されていて修理不能だったのだ)に、シートはスライド調節可能に、すべてが改善された。

しかし、ヨーロッパの評判はいまひとつであった。ロータスはやはり小型ながら高性能であることが望まれたのだ。そこでふたたびチェンジを受け、ヨーロッパTCへと進化する。1971年9月、それまでのルノー製ユニットに代えて「TC」の名の示す通りロータスお得意のツウィンカム・エンジンが投入される。

エランなどでお馴染みの直列4気筒DOHC1558cc、105PSを搭載、ひと回り性能をアップしてロータスらしさを主張した。

ボディ周りもキャビンから後ろの部分をリスタイリングした。ほとんど絶望的といわれた斜後方視界の改良を図ることもあって、ひと回りすっきりとしたサイドヴュウになった。

■最終にして最強のヨーロッパ

それも束の間、翌1972年8月にはさらなるチェンジを受けて、ヨーロッパは最終形、ヨーロッパ・スペシャルになった。

F1レースでの活躍を反影して、艶やかなピンストライプを入れた「JPSカラー」に象徴されるように、派手な出立ちのヨーロッパは、その独特のスタイリングと相俟って、大きな存在感の持ち主に仕上がっていた。

そう、超弩級スーパーカーに間にあっても埋没してしまわないだけの存在感。それを巧みに取込んで、ブームでも主役に近いポジションを得た、というわけだ。

ヨーロッパ・スペシャルは「ビッグ・ヴァルヴ」と愛称される126PSツウィンカム・エンジンを搭載し、ミドシップであることも手伝って、エランに勝るとも劣らない性能を主張したのだった。

振り返ってみるとよく解るのだが、そのころ、ロータス社はいろいろな規制に対応することもあって、大きく姿勢を変えようともがいていた。ヨーロッパをさらに推し進めて、本当のスーパーカー級のロータスエスプリを筆頭に、二代目エリート、エクラといった、ひとクラス上のラインアップを揃えるのだ。

しかし、ロータスロータスらしさを取り戻したのは、やはり小型軽量のエリーゼから。ヨーロッパは、そんな時代の変わり目、ピリオドを打つ役目も果たしていたのだった。

【著者について】
いのうえ・こーいち
岡山県生まれ、東京育ち。幼少の頃よりのりものに大きな興味を持ち、鉄道は趣味として楽しみつつ、クルマ雑誌、書籍の制作を中心に執筆活動、撮影活動をつづける。近年は鉄道関係の著作も多く、月刊「鉄道模型趣味」誌ほかに連載中。季刊「自動車趣味人」主宰。日本写真家協会会員(JPS

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